【特集】探究学習と大学入試
❺総合型選抜で見たいのは,大学でも社会でも必要不可欠の対話力・表現力
九州工業大学  理事・副学長(教育接続・連携PF担当) 安永卓生

   安永氏

 主体的な学び,教科横断など,これまでの学習とは異なる特徴を持つ探究学習は,なぜ必要とされ,どのような能力が問われていくのだろうか。
 今回は,記述力や対話力を重視した総合型選抜を取り入れている九州工業大学へ取材を行い,理事・副学長の安永氏に,探究学習で身につく力の必要性や高校教育の現状への懸念についてお話しいただいた。

 

「書く力」を重視した総合型選抜の導入

安永氏:本学の総合型選抜は2019年度AO入試(2018年度実施)から始まりました。きっかけは大学での学びにおける,学生の「書く力」の不足です。例えばレポート1本をとっても,結果と過程を区別して書けていないなど,学生の「書く力」の不足は問題視されていました。
 しかし,本学が行っている理科と数学の個別学力検査だけでは十分に思考力・判断力を伴い課題発見・解決に結びつく「書く力」を判定できていませんでした。そこで「書く力」をしっかりと見ていきたい,ひいては大学での学びや実際の仕事の現場にもその力を繋げていってほしいという狙いのもと,課題解決型記述問題を取り入れた総合型選抜を考案しました。
 また,受験生は一般選抜では試験の結果を見ることに終始してしまいがちです。大学側も,受験生が本学のカリキュラムや進路をどの程度理解しているかを判断するのが難しい部分があります。進学先のことを自身で調べて大学での学び及びその後の進路について具体的にイメージし,大学で何を身につけようとするかを考えるというステップを,あらかじめ総合型選抜の受験を見据えて高校のキャリア教育の中に組み込んでいってほしいという思いもあります。

 

対話力,表現力を問う総合型選抜Ⅰ

安永氏:本学の総合型選抜は,総合型選抜Ⅰと総合型選抜Ⅱの2種類があり,共通テストを課さない総合型選抜Ⅰでは,高校での学びと結び付けながら大学入学後に何を学びたいかを記述する「学びの計画書」を課題としています。この「学びの計画書」は,大学での学びを意識したうえで,自身の進路及び将来のキャリアを設計し,それを書き出し,話すという出力を通して再評価・認知してもらうこと(メタ認知力)を意図しています。
 総合型選抜Ⅰの試験内容ですが,第1段階選抜では課題解決型記述問題とレポート,第2段階選抜では学びの計画書の提出の他,基礎的学力等を評価する適性検査,グループワーク及び個人面接を行います。
 グループワークでは企業などでも利用しているポジショニングマップなどを用いた活動に取り組んでもらい,与えられたテーマについて気づきを出せるか,議論を活性化させる発言ができているかを評価します。
 また,活動に対する振り返りの機会を設け,グループの中での自身及び他者の振る舞いを認識できているかを評価します。自身の変化や相手の変化,これから先に繋がる経験ができたか,それらをしっかり文章化できているかを見ます。
 グループワークを入試に取り入れるにあたっては,オープンキャンパスなどの場でデモを行い,限られた時間の中で高校生がどの程度自分を表現できるのか見てきました。その中でわかったのは,やはり高校時代にどの程度「表現する活動」に取り組んできたかが実力差として現れるという点でした。これは高校の従来の試験による進学実績とはあまり関係ありません。
 その他の取り組みとして,学校推薦型選抜Ⅰでは対話しながら進める口頭試問も実施していますが,そこでもなかなか自分を表現できない生徒は少なくありません。これからの社会を生き抜くため,高校の普段の授業の中にも,対話の時間や考えを書き出す時間が今まで以上に求められていくのではないかと感じています。

九州工業大学総合型選抜パンフレットより
https://www.kyutech.ac.jp/archives/015/202206/sogou1,2.pdf

 

教科横断を定着させるための入学前教育と課題解決型記述問題

安永氏:総合型選抜Ⅰで合格した学生への入学前教育は,これまでは教科の補習に充ててきましたが,これから先はもう少し高大接続を意識した学びに変えていきたいと考えています。
 例えば,高校では物理の中で微分積分は使いませんが,大学では当然のように使います。そういった教科間の連携を意識させる取り組みを入学前教育で行うことで,躓くことなく大学での学びに臨めるようにしていきたいと考えています。
 また,総合型選抜Ⅰの課題解決型記述問題でも教科横断を意識した問題を作成しています。小中学校・高等学校で学んだ算数・数学及び理科の内容を出題範囲としていますが,履修範囲の関係もあり高校の内容は前半のみにしています。解答は物理的な視点で書いてもいいし,国語的な視点でも社会的な視点で書いても構いません。解答を作成する過程や解そのものが一つに絞れない形で出題し,課題に対してどのような捉え方をするか,あくまで論理的に書かれているかどうかを評価します。

九州工業大学 令和4年度総合型選抜Ⅰ 課題解決型記述問題より
https://www.kyutech.ac.jp/archives/015/202206/R4_sou1_kadai.pdf

 

外へ広がる主体的な学びの定着を目指して

安永氏:高校へ本学の教員を派遣する出前講義は20年近く続けてきました。声をかけていただければ九州だけでなく,関西圏にも出向いています。中には授業改革の一環として呼んでいただく場合もあり,いずれも良い反応は得られていると考えています。
 グループワークができる,論理的に話すことができる,など総合型選抜で求めているスキルは,経験を重ねて身についていくものなので,高校向けの授業ではこうした主体的な部分を本学の教員がサポートするようにしています。例えば先日の出前講義では,短時間で自身の考えを言葉に変換するトレーニングを実施しました。これは,探究学習のためのスキルであり,更に,通常の教科学習にも繋がると考えています。
 これまで4年間総合型選抜を続けてきましたが,関東圏,関西圏と比べると,九州圏はまだ探究学習の必要性を感じる機会が少ない環境のままで,高校現場での探究学習の取り組みが遅れているように感じています。九州から外に打って出ようという感覚を教育現場から常に作り続けていかなければ他の地域との差が広がり続けてしまう恐れがあり,危機感を抱いています。
 そうした外向きの意識を教育現場に作り出すために,これからの高校教育は単に授業を聞くだけの学びではなくて,対話の中で教え合い,そして,思考や判断を言葉で書き出す学びが当たり前になっていってほしいと思っています。高校によって探究の捉え方は様々ですが,本学の総合型選抜は,そのような形の授業が定着していれば特別な準備は必要ないという点で,主体的で協働的な学びの必要性,そして,それが深い学びに繋がることを高校へ提示するメッセージでもあります。

(2022.7.13取材)

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