【特集】探究学習と大学入試
❻探究が「普通」になる未来を見据えて
桜美林大学入学部 今村亮
- 2022.08.14

探究入試「Spiral」やキャリア支援プログラム「ディスカバ!」,来年4月新設の教育探究科学群など,探究重視の様々な取り組みを打ち出している桜美林大学。今回は,同学入学部の今村氏に,各取り組みの内容や,大学が見据える探究学習の将来について語っていただいた。
実績より学び。経験を重視した探究入試「Spiral」
今村氏:本学は探究入試を「Spiral」と名付け,2022年度入試からスタートしました。きっかけは,高大接続改革の渦中にある高校の現状です。
新学習指導要領に向けて2019年前後から探究学習を先行実施している高校であっても,先生方の意思が共有できない,生徒や保護者が消極的,などの理由でなかなか上手く行っていないケースがよく見受けられます。また,進路に繋がらないことに打ち込む余裕はないということで,探究学習の時間は手を抜かれがちです。そのような状況下で高大接続改革を成功させるためには,高校の努力だけではなく大学側の発信こそ重要と考え,「探究学習に取り組んできた高校生を受け入れていく」というメッセージを大学側から明確に発信する狙いで,探究入試「Spiral」を始めました。
「Spiral」の特徴は3点あります。一つ目は評価の視点・ポイントを明示していることです。高校での教育目標と大学のアドミッションポリシーとをすり合わせて,探究を通じてどんな成長を遂げてほしいか,その目標を共通化することを狙いました。評価項目はできるだけシンプルにし,奇をてらうことなく,学習指導要領解説に準じています。

特徴の二つ目は,志望動機よりもどんな探究学習に取り組んできたか,その活動のありのままを問うことです。総合型や学校推薦型の選抜では,出願書類に先生の添削が入ってしまうことがしばしばあります。しかしこの「Spiral」では,高校でやってきた探究学習をお化粧せずにそのまま話してくださいとお願いしています。
三つ目は,探究学習の実績ではなく,プロセスを重視することです。発表会やアワードでグランプリを取ったかどうかではなく,取り組みを通じて自分がどう成長してきたか,そのプロセスを言語化できているかどうかを重視します。
「Spiral」で合否を決めるに当たっては,<何をやってきたか>と<そこからどんな意味付けを見出しているか>,この二点を見るわけですが,<何をやってきたか>に関しては大きなばらつきがあります。志願者の探究学習の習熟度にはまだ差があると感じますね。
これまでの「Spiral」で,<何をやってきたか>のレベルで一番目を引いたのは,高校時代に株式会社を起業して,卒業してからそのまま会社を経営していたけれども,全然売上も上がらないので学び直そうと思って出願した,という志願者です。
一方で,家庭科の授業で私はこういう料理を作りました,と写真を提出しただけの志願者もいました。こうしたばらつきは当然予想できていました。
ただし探究の実践としては特に目を引くわけではない事例であっても,そこからの意味付けで加点がどんどん伸びるパターンは数多く見られます。例えばグローバルなことに興味があって,YouTubeで韓国語や中国語,英語の動画を色々見ながら自分で翻訳してきた志願者がいました。内容としては取り立てて目を引くわけないレベルでしたが,そこからの意味付けとして,自分が将来何したいか,大学で何を学びたいか非常に情熱的に言語化できていて,合格となりました。
「ディスカバ!」で実現するU17世代のためのキャリア支援
今村氏:高校生のためのキャリア支援プロジェクト「ディスカバ!」は,本学が高大連携の目玉としている取り組みの一つです。探究体験・世界探究・芸術探究・企業連携といった様々なカテゴリでプログラムを用意しています。
例えば世界探究「グローバル・イングリッシュ・キャンプ」では,大学のキャンパスで英語しか使わないゼミ活動に三日間を過ごし,最終プレゼンテーションに挑戦するというプログラムです。もちろんかなりの難易度ですので,メンターである大学生が探究のプロセスに伴走します。これはグローバル・コミュニケーション学群の学びを体験する趣旨となっています。

また,2023年4月に開設する教育探究科学群は「探究プレゼミ」というプログラムを設けており,高校生がSDGs・大学教育・ファッションなどの分野のリサーチに取り組む機会を提供しています。
この過程で,高校生の素晴らしい側面が数多く垣間見ることができます。そこで今秋実施する2023年度の「Spiral」から,「ディスカバ!育成型」という新たなルートを設けます。「探究プレゼミ」など「ディスカバ!」の一部プログラムに参加し,認定証をもらうと,「Spiral」の一次審査が免除され,二次審査から受けることができるようになります。
また,志願者の裾野をより広げるため,2023年度入試の「Spiral」にはもう一つ「外部アワード活用型」という新たなルートも設け,「全国高校生マイプロジェクトアワード」「クエストカップ」「キャリア甲子園」など全国的なコンテストでの実績を評価するようにします。この「外部アワード活用型」も一次試験が免除されます。
「Spiral」の合格者には1~3月頃,「ディスカバ!」のスタッフとして探究プログラムのメンターになり,高校生のサポートに加わってもらっています。入学前教育として新たな視点から探究学習に触れてもらう良い機会になっていますね。必須ではなく希望制としていますが,合格者の約半数は自主的に参加してくれています。


(https://drive.google.com/file/d/1v2SWgLBffg-Z7DbwHB8Ric8n0bfruiw-/view)
教育学の新スタイル。2023年4月,教育探究科学群開設
今村氏:今年6月末,教育探究科学群を2023年4月に開設する設置届出が,文部科学省により受理されました。教職課程のない新しいスタイルを打ち出したこの学群の構想は7,8年前から練られていましたが,実は最初は探究の文脈との合流は想定しておらず,高大接続や指導要領の議論から始まったものです。早い段階からAO入試に力を入れてきた大学のポリシーや,高校英語教員のキャリアがある畑山学長のリードが後押しとなって,探究を新学群と繋げる方向性がここ3年で確かなものになった次第です。
この学群で育てていく人材像は「共創型ファシリテーター」というコンセプトに集約されています。現代は,AIなどのテクノロジーの進化や,感染症問題,国際情勢の変化など,誰も明確な答えを見出せない時代だと言われています。そんな中,自分なりの最適解を導きだす力を身に付け,教育を広く捉えて,様々な形で教育を支えていく人材が,「共創型ファシリテーター」です。取得可能な資格には社会調査士と社会教育士があり,自治体やソーシャルセクター,企業の人材領域など幅広い場面での活躍を目標としています。

教職課程に代わるアクティブなカリキュラムと,ピアラーニングの導入

今村氏:教職課程を置いていないという点はこの学群の大きな特徴ですが,これによりカリキュラムの余白が生まれ,その分多くの実践的な体験ができることになります。そのため,自身の関心に基づいて現場でアクティブに動き回るカリキュラムが豊富です。近場の教育現場での実習の他,島根県海士町や沖縄県浦添市で教育現場の支援や地方創生に関わったり,カナダのバンクーバーではプロジェクトの企画から学生に取組んでもらう現地実習を行ったりします。
その他特徴として打ち出しているのがピアラーニングです。学生同士でお互いに教え合い,学び合うこの取り組みは,教員から学生に伝えるというスタイルではなく,教員がファシリテーションしながら学生同士が学ぶという授業のスタンスを,学びの根幹として明確に位置付けるものと言えます。
ピアラーニングでは先輩から後輩へというアプローチが有効なのですが,この学群にはまだ先輩がいません。ただ,本学にはこの学群の構想のモデルとなった学生団体があり,その中には大学院に進んだメンバーがいます。まずはこのメンバーがTA(ティーチングアシスタント)・SA(スチューデントアシスタント)としてピアラーニングを推進します。
入試改革の先を見据えて。選抜ではなくマッチングの姿勢
今村氏:もはや日本が長期的な少子化のトレンドにある以上,この先多くの大学で入学者を選抜すること自体が機能しなくなるのは目に見えており,時間の問題です。ですのでこれから我々がやるべきことは,選抜ではなくマッチングなんです。このマッチングのための原体験作り・場づくりを,総合型選抜などの機能といかに接続させていくかは重要な課題だと感じています。
また,経済的な不安から資格志向・就職志向が強い中で,資格以外の価値を押し出す新学群をどうアピールしていくか,広報担当として日々考えています。
大学入試マーケットのトレンドのマジョリティは,忙しい高校の先生と,実理志向の保護者や受験生です。ここにロマンで勝負してはいけない。
今はまだ探究というと,高校で株式会社を作ったというようなエッジのきいた生徒のためのものと捉えられがちですが,恐らく2024年にはもっと普通の活動として浸透しているはずです。これから探究を入試に活用することを,「普通の道です」と示していくことが重要だろうと思っています。
(2022.7.5取材)
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