ペタコさんの 和のある暮らし
[第17回]手仕事を残す
石橋富士子

着物を着る毎日の中で,自分が欲しいと思う物を探したり,作ったりしています。
着物の小物などは割と簡単に部分で作れる物も多いので,ひとつうまくいくと次から次へ手作りしたくなってきます。
そんな暮らしの中,いつの間にか自分だけの楽しみが半襟のデザインをして商品を作り,販売するという仕事に発展しました。
半襟は襟が汚れないように襦袢の襟部分にかぶせる布です。小さな布ですが,色や柄が着物のアクセントになる重要な小物です。
着物を着始めたころ,京都の半襟専門店に行って,様々な手刺繍の半襟を見たことがあります。絹に細い糸で刺繍された一枚一枚を眺め,その美しさとお値段に,ため息が出ました。
以前読んだ本に,明治時代の半襟職人は月3枚の半襟を刺繍することで家族3人が暮らしていけた,とありました。それほど高価なものだったのか,物価が安かったのか。どちらにしてもうらやましくなります。
私のデザインした半襟は,ベトナムで農家の女性たちが農閑期の手の空いたときに手刺繍して仕上げています。木綿の布に木綿の糸で刺繍した半襟は,きっちりとした日本刺繍に比べるとかなり牧歌的で,同じ物が2枚とない個性的な仕上がりになります。
手刺繍はとても根気がいる作業なので,最近では賃金の安定している工場(ミシン刺繍による大量生産のライン)に職を変える人も多いと聞き,とても残念に思います。
いったん途絶えてしまった手仕事は復活が難しい。それは日本もベトナムも同じです。
幸い,私のデザインする木綿の手刺繍半襟を気に入って買ってくださる方も多いので,出来るだけ長くベトナムの農家の女性たちとスクラムを組んで手刺繍の商品の仕事を続けたいものです。
それにはお互いの理解と,仕事に対する正当な賃金は不可欠です。楽しみながら仕事することも同じように大切です。そしてなにより,買って使ってくださる方がいることも大切です。
作り手が楽しんで作った商品は,使う人も幸福にするのだと思います。
(2013年5月25日発行 家庭科通信51号掲載)
著者プロフィール
石橋 富士子(いしばし ふじこ)
毎日を着物で暮らすイラストレーター。教科書,絵本などの他,和小物製作デザインやオリジナル落雁の型を使った落雁作りワークショップなどを開催。「家庭科通信」の表紙も創刊時から手がけている。著書に「知識ゼロからの着物と暮らす・入門」「知識ゼロからの着物と遊ぶ」(幻冬舎)。着物をもっと楽しむための刺繍和小物をつくる富士商会を2015年設立。https://fujipeta.com/
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