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ペタコさんの 和のある暮らし
[第36回]小さなころの出会いときっかけ
石橋富士子

 私は3歳のときにはお絵描きが好きで,それが職業となってから,もうすぐ40年になります。幼いときから何時間でも座って,手を動かしていることに飽きない子でした。勉強をするふりをしながら絵をかき,母がのぞきにくると上から教科書とノートをかぶせてごまかしているような少女時代。右手の薬指には立派なペンダコがあって,たまに病院に行くと先生から「大きなペンダコ!これはよく勉強しているね」と勘違いされました。

 学校では,休みの時間はお絵かき帳を広げ,それがすむと黒板に絵を描きました。教科書は国語や道徳がお気に入り。本の挿絵が大好きで,飽きもせず眺めていました。

 どうやったらこんなに美しくいろいろな色を混ぜたり,にじませたりできるの? すいっと伸びた線はどうやって描くんだろうと,わら半紙に何度も何度も真似をして描いてみました。色は混ぜれば混ぜるほど,どんどん汚れていきます。水を含ませすぎると線は太くなり,わら半紙はふにゃふにゃになります。教科書の絵と自分の書いたものがかけ離れすぎて,描けば書くほどあの絵を描いた人は天才だ! と尊敬するようになりました。

 私が特に好きだった挿絵家は初山滋さん。

 どんな小さな部分を見ても初山滋さんの絵だとわかるほど大好きです。図書室にある彼の絵本もお気に入りで何度も何度もページをめくりました。鳥や花,馬や子どもたちは,淡い色彩とカタチが美しく,今にも飛んで行ってしまいそうです。風や光や水,ほとばしる躍動感は見るたびに新しい発見があって,まるで生きて動いているような気さえします。

 そんな初山滋さんの,没後50年の記念展覧会が,東京の「ちひろ美術館」で開催されていたのを知り,先日出かけました。静かな美術館の中,扉を開けると,キラキラと作品が並んでいて,私は一気に幼い子どもに戻りました。初山滋さんの当時のお仕事は童画,教科書,絵本など多岐にわたり,親指姫や人魚姫などの海外のお話に絵をつけたものもありました。私がおもに見ていたのは,その絵本だったと思います。描かれた絵を一枚一枚なぞるように見ていたら,私の絵はかなり影響を受けているのだとわかりました。

 初山滋さんは着物を着た少女の絵もたくさん描かれていますが,その着物や帯の形,袖から裾からのぞく襦袢,細かく彩色された半襟の色と柄の絶妙さ,かわいらしさ。

 もしかすると私が着物に魅力を感じ,半襟を含めて着物の柄合わせを楽しみたいと思うようになったそもそもは,子どものころに出会った初山滋さんの絵に大きな影響を受けたのではないかしら。子どもの私は大人になって絵を描く仕事をしたり,着物の生活を送っているなんて思ってもいなかったでしょうね。

 子どものときの出会い,のちに花開くことってあるんですね。

 

(2023年9月1日発行 家庭科通信73号掲載)

 

 

著者プロフィール

石橋 富士子(いしばし ふじこ)

毎日を着物で暮らすイラストレーター。教科書,絵本などの他,和小物製作デザインやオリジナル落雁の型を使った落雁作りワークショップなどを開催。「家庭科通信」の表紙も創刊時から手がけている。著書に「知識ゼロからの着物と暮らす・入門」「知識ゼロからの着物と遊ぶ」(幻冬舎)。着物をもっと楽しむための刺繍和小物をつくる富士商会を2015年設立。https://fujipeta.com/

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