ペタコさんの 和のある暮らし
[第34回]母への手紙
石橋富士子
- 2025.04.08

少女時代は手紙を書くことが好きで,いつも誰かに葉書や手紙などを書いていました。学生時代も,文通が流行り,趣味の合う絵の好きな人たちとやりとりしていました。内容は他愛のないことでしたが,きれいな切手を選びお気に入りのシールで封印した手紙をポストに入れる瞬間までの,遠いところにいる誰かとつながっているという感覚は,楽しいものでした。いつからか,メールでのやりとりが増え,手紙も葉書も書く機会が減りました。書くこと自体が大仕事になり,要領も悪くなって,文字もどんどん下手になっていくような気さえします。年に一度の年賀状だけは,数年前まで出していましたが,忙しさや身内の不幸なども重なり,何やら重たい荷物になって,今年はどうしようかなと,悩むようになりました。
そんな私ですが,ひと月ほど前から毎日手紙を書くようになりました。相手は母。数年前に家の中で転倒,骨折して入院し,そのままリハビリ施設に入居しました。コロナ禍でなかなか会うことも叶わず,会えるようになっても,ガラス越しに短時間です。母は耳が遠いので,ガラス越しの対面も,電話も,なかなかうまくいきません。電話もダメ,会うこともダメ。でも何かまだ気持ちを伝える方法が残っていないかしらと考え,ふと,手紙はどうだろう?と思いつきました。
これまで母に送っていた業務連絡みたいなパソコンのそっけない文字の手紙ではなく,気持ちを手書きの文字で綴る,ささやきかけるような手紙を出したいと思いました。書き出しは「久子様,おはようございます」です。その日の天気やふと思いついたことを,母に語りかけます。子どものころのこと,旅先で交わした会話,庭に咲いていた季節の花,飼っていた動物,学校から帰ると用意してあったおやつが夏はとうもろこし,秋はさつまいもだったことなど,毎日便せん一枚程度です。古い写真やきれいな色紙,風景のポストカードを同封することもあります。切手は内容に沿ったものや季節に合った花に。封印もシールやスタンプ,ときには絵を描いて飾ります。
仕事に集中すると家から一歩も出ず日が暮れてしまう私に「日に一度歩いてポストに行く」という習慣ができ,ついでにぐるっと遠回りしてみたりもするようになりました。手で文字を書くというリズムも取り戻したので,ご無沙汰している友人に近況を書いた手紙を出すようにもなり,可愛い切手やシール,便箋,カードなど,母を楽しませるものを買い求めるようになり,手紙を書くのがなお一層楽しくなりました。
母への手紙は,思いもよらずよいことを私にたくさん与えてくれたようです。
(2022年9月1日発行 家庭科通信71号掲載)
著者プロフィール
石橋 富士子(いしばし ふじこ)
毎日を着物で暮らすイラストレーター。教科書,絵本などの他,和小物製作デザインやオリジナル落雁の型を使った落雁作りワークショップなどを開催。「家庭科通信」の表紙も創刊時から手がけている。著書に「知識ゼロからの着物と暮らす・入門」「知識ゼロからの着物と遊ぶ」(幻冬舎)。着物をもっと楽しむための刺繍和小物をつくる富士商会を2015年設立。https://fujipeta.com/
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