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授業のコミュニケーション学
[第8回]「わかりやすい」とは?
奥原剛

 今朝,自宅で慌ただしく出勤の支度をしていると,小学校低学年の子どもが「芸術ってなんのこと?」と聞いてきました。とっさに説明が思い浮かばず,子どもにもわかるように,「図画工作や音楽のことだよ」と答えました。正確な説明ではありませんが,当たらずとも遠からずだと思います。

 人は,自分の中に持っている枠組み(認知科学でスキーマと呼ばれる)を当てはめて物事を理解します。たとえば,人の顔を認識するとき,「人の顔とは目鼻口がこういう配置だ」という「顔のスキーマ」に当てはめることで,「あれは顔だ」と認識するわけです。図1の顔では,片目が欠け,違和感はありますが,顔のスキーマに合致しているので,一瞬で「顔だ」とわかります。火星の「顔面岩」と呼ばれる岩の写真も,顔のスキーマに合致しているので,つい顔に見えてしまうのです。

図1


 また,図2の2つの図形を短時間見たあとに,記憶を頼りに描いて再現するように言われたとします。2つの図形のうち,どちらのほうが正確に再現できる人が多いと思いますか。答えは右です。なぜなら,左より右の図形のほうが身近にありそうなので,スキーマにより合致しているからです。それゆえ認識しやすく,右の図形のほうが線が多いにもかかわらず,記憶しやすいわけです。

図2


 このように,人がすでに持っている枠組みに合う情報は「認識されやすく,記憶されやすい」ということができます。ですから,私も子どもに「芸術って何?」と聞かれて,とっさに小学校の教科に踏まえて「図画工作や音楽のこと」と答えたのです。生徒に説明をするときは,生徒にとって身近な事柄を使って説明するなど,相手のスキーマを意識すると,わかりやすい説明になるでしょう。

 情報に接したときに感じる主観的なわかりやすさのことを,心理学で「処理流暢性」(Processing fluency)と言います。処理流暢性に関する一連の研究では,主観的に「見やすい」「わかりやすい」「イメージしやすい」と感じられる情報は,好かれやすく,信用されやすく,その情報で伝えられる内容が実行されやすい,ということが示されています*1 。反対に,情報が見にくく,わかりにくく,頭で処理しにくいと,そこに書かれている内容に対する好意や信用やモチベーションが下がります。

 ハリウッドの映画プロデューサーは,新作映画のプロットを売り込みにくる脚本家に,こう言うそうです。「(過去の作品と)同じだけど,違ったやつがほしい」。プロデューサーは,観客のスキーマに寄り添った映画が好まれてヒットすることを知っているのです。生徒のスキーマに寄り添ったコミュニケーションは,そのわかりやすさゆえに,生徒に好かれやすく,信用されやすく,生徒のモチベーションも上がるでしょう。

 この連載は今回で最終回です。これまでお読みくださりありがとうございました。

 

 

 

[図]戸田正直 他 著 『認知科学入門―知の構造へのアプローチ』サイエンス社 P131-132 より
*1 Alter, A. L., & Oppenheimer, D. M. Uniting the Tribes of Fluency to Form a Metacognitive Nation.Personality & Social Psychology Review. 2009;13(3):219-235.

著者プロフィール

奥原 剛(おくはら つよし)

東京大学大学院 医学系研究科 医療コミュニケーション学分野 助教。
健康・医療にかかわる情報を,市民・患者にわかりやすく伝え,よりよい意思決定を促すための研究をしている。医療機関,健康保険組合,自治体等の医療従事者に対し,わかりやすく効果的な健康医療情報を作成するための研修をおこなっている。

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