男子マラソン、2時間の壁を突破か
谷口輝世子

スポーツ用品大手ナイキが2017年5月6日、男子マラソンで2時間切りを目指すプロジェクト「ブレーキング2」をイタリアのモンツァで行った。参加したのはリオデジャネイと五輪男子マラソンの金メダリスト、エリウド・キプチョゲ(ケニア)、ハーフマラソンの世界記録保持者、ゼルセナイ・タデッセ(エリトリア)、ボストンマラソンで2度優勝しているレリサ・デシサ(エチオピア)の3選手だ。
ナイキの発表によると、キプチョゲは、42.195kmを2時間0分25秒で走ったという。2時間の壁を破ることはできなかったが、2014年にデニス・キメット(ケニア)が作った世界記録2時間2分57秒を2分32秒上回った。
ただし、レースは非公認で世界記録には認定されない。このプロジェクトは、2時間を切ることを目標に、国際陸上連盟の規定外の特別な条件で行われたからだ。
コースは自動車F1のモンツァ・サーキットを使用。1周2.4㎞のアスファルトの上を17.5周することで鋭い曲がり角が少ないコースになったという。さらに木々が風を防ぐ場所でもあり、気温が上昇する時間帯を避け、早朝5時台からレースを開始。30人のペースメーカーによってランナーを囲んで三角形を作り、ペースを刻むと同時に風よけにもなった。給水でスピードを落とすことのないよう、手渡し時の工夫もした。
スポーツ用品メーカーのナイキによるレースでもあり、選手たちは同社が作った特別なシューズを履いていた。ソールには超軽量の炭素繊維プレートが組み込まれていて、ランナーの走りを助け、ランナーの疲労度を軽減する働きがあったとされている。
2時間の壁を破ることは決して夢ではない。人間の身体の脅威を感じさせるレースだったといえよう。ニューヨークタイムズ紙は1991年に人間はマラソンを1時間57分58秒で走ることができると予想したメイヨークリニックのマイケル・ジョイナー医師の談話を掲載。同医師は「(2時間を切ることは)起こるだろうと感じた。1人以上のランナーがやり遂げるという可能性も高まった。キプチョゲは素晴らしい。これは全く失敗ではないだろう。私自身はとても励まされた」と話したそうだ。
その一方で、スポーツメーカーによる、制御された環境と特殊なシューズによるレースについての疑問の声も投げかけられている。
米国のマラソンコーチのひとりであるケビン・ハンソン氏は、専門誌の取材に「これはすべてシューズの売り上げのためのイベントで、マラソン界にはあまり貢献していないと思う」と話している。
ニューヨークタイムズ紙は、南アフリカのスポーツ科学者であるロス・タッカー氏がソーシャルメディアサービスのツイッターに投稿した内容も取り上げた。タッカー氏は、キプチョゲは公認のマラソンでも2時間1分10秒から2時間1分30秒で走ることができるだろうとし、トップのコンディションにある状態で今秋のベルリンマラソンを走ってくれれば、と述べた。そして今回のような企画要素の強いレースを多く走ることはできないとも付け加えた。
イギリスのガーディアン紙は「噂されているところによれば、ロンドンマラソンに参加せず、このレースに参加することで100万ドル(約1億1300万円)が支払われたといわれている。もしも、歴史を作ることができたら、ボーナスが支払われることになっていたそうだ」とも報じた。
国際陸上競技連盟の認定していない実験・企画レースだからこそ、条件を整えて人間の極限に挑戦できた。そして、キプチョゲはそれに応えた。同時に、誰のためのレースだったか、という疑問もまとわりついているようだ。
著者プロフィール
谷口 輝世子 (たにぐち きよこ)
スポーツライター
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