朝のジョギング
仲島正教

先日の朝、かつて私が勤めていたH小学校の横を通ると運動場を子どもたちが普段着で自由に走っている姿を目にしました。
「今も走っているんや」
学校のスポーツテストでは、私はいつもいい記録を出していたのですが、唯一ダメだったのが1500m走です。「長距離は苦手」「マラソン大会は大嫌い」そんな私でした。
そんな私が33歳の時に赴任したのがH小学校です。この学校は5年ほど前から「朝のジョギング」に取り組んでいました。登校すると三々五々に運動場を5周(1㎞)走るのです。友達とおしゃべりしながらゆっくり走るのです。ランニングではなくジョギングです。そこに教師はほとんどいません。子どもが勝手に走るのです。一応「みんなで走りましょう」と声かけはしますが強制はしません。
私はこの取り組みは中途半端な感じがしましたし、マラソン嫌いの私としては止めてほしいと思っていました。でも転勤した直後でしたし、体育主任という立場上「仕方がないなあ」と我慢して毎朝子どもと一緒に走っていました。「なんで走らなあかんねん」と心の中ではいつも叫んでいましたし「来年は止めよう」って思いながら……。
半年くらい経った頃、先輩から神戸シティマラソン(5㎞)に誘われました。今までの自分なら即断っていたのについ「参加します」と返事をしてしまったのです。大会当日、久しぶりの緊張感に襲われましたが、その感覚もいいものでした。そして号砲と共に走り出すと六甲アイランドのきれいな景色が目に入ってきます。
「なんて気持ちがいいんだ」
私の横のおじいちゃんランナーが抜いていきます。若い女の子にも抜かれます。昔の私だったら、それは格好悪いと感じていたでしょう。でも今はそれもよしと思えるし、なんだか楽しいのです。順位も気にせずに自分のペースで楽しく走れたのです。翌春には万博マラソン(10㎞)にも参加します。桜が満開の万博マラソンです。
「なんて気持ちがいいんだ」
市民マラソンを見ていると記録を狙って必死な人もいますが、ほとんどの人はいい顔で走っているのです。あの人は体育が嫌いだっただろうなという人も楽しく走っているのです。学校のマラソン大会は嫌だったけど、市民マラソンは好きなのでしょう。なんだか学校の教師としては複雑な心境になります。生涯スポーツといいますが、学校の体育はなんだったんだと。
私はH小学校では6年間毎朝子どもたちと走りました。そして次のT小学校でも、その次のN小学校でも毎朝走り続けました。最初は私一人で走り始めるのですが、徐々に子どもたちも走り始めます。ゆっくりおしゃべりしながらのジョギングです。親子がお風呂で一日の話をするような感じです。私の日課になりました。
T小学校で一緒に走っていた河田君はその後中学、高校、大学で駅伝選手として活躍し、会社では「市民マラソン部」に所属し、同僚にマラソンを盛んに勧めます。半年前に彼の結婚式に出席すると「小学校4年生の時に仲島先生と走り始めたのがきっかけで走るようになった」と紹介されました。披露宴では会社の人たちから「彼を走らせたのはあなただったのですね」と。
H小学校の「朝のジョギング」はもう30年にもなります。そんなに長く続く秘訣は何なのでしょうか? それはたぶん「普段着」「ゆっくり」「おしゃべり」「強制なし」だからでしょう。
著者プロフィール
仲島 正教 (なかじま まさのり)
兵庫県西宮市で小学校教師を21年、指導主事を5年勤め、2005年に48歳で退職し、教育サポーターとして全国各地で講演や研修を行う。現在、若手教師応援セミナー「元気塾PLUS」代表、尼崎市教育委員会教育委員。
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