部活未亡人とケビン・コスナー
谷口輝世子

日本には「部活未亡人」という言葉があるという。学校での教科指導の他に運動部との付き添いにも忙しく、配偶者と過ごす時間がないことを表すようだ。
英語にも「アメリカンフットボール・ウィドウ(未亡人)」や「サッカー・ウィドウ(未亡人)」という言葉がある。男性がアメリカンフットボールやサッカーのプレーや観戦に夢中になるあまりに、配偶者が放って置かれることを指すものだ。
ユースサッカーチームでコーチを務める男性が夫人を紹介する時に「私の妻で、サッカー・ウィドウ(未亡人)です」と話すのを聞いたことがある。仕事をしながら、ボランティアでのサッカー指導に忙しく、夫人との時間が少ないことを自虐的に表現したものだろう。
米国でも「部活未亡人」に相当する概念はあるようだ。
2015年にケビン・コスナー主演の「マクファーランド」という映画が封切られた。カリフォルニア州マクファーランド高校の実話を映像化したものだ。
高校の体育教師でアメリカンフットボール部のコーチでもあるジム・ホワイト(ケビン・コスナー)はトラブルがきっかけで、別の学校へと転勤する。新しい勤務校は、カリフォルニアの農業地帯。ラテン系の農業労働者の子どもたちが多く、登校前と下校後には農作業に追われていた。彼らは自転車や車がないので走って通学していた。
体育の授業で彼らの走力に目をつけたホワイトは、未経験のクロスカントリー部(中距離走)を設立。生徒らをスカウトして練習し始める。しかし、大会出場まではこぎつけたものの、強豪校に歯が立たない。その悔しさから、ホワイトは熱心に指導法を研究し、生徒たちものめりこんでいく。
ある日、ホワイトは同部の生徒の深刻な悩みに寄り添うため、妻から頼まれていた娘の誕生日ケーキを買うのを断念。その夜は遅くになって帰宅するという一幕がある。運動部の生徒のために、家族を二の次にすることを象徴する場面だ。制作は大手のディズニーでもあり、多くの米国人がホワイトが葛藤するシーンを理解できると判断したのではないか。
2017年6月には、現実の「部活未亡人」について知る機会があった。米ミシガン州立大で開催された指導者講習の場だった。
私が話をしたのは高校の教員で、20年にわたってバレーボール部の指導をしている人物。夫人と子ども2人の4人家族。教科指導、バレーボール部のこと、家族との時間に忙しいそうだ。私が時間のやりくりや忙しさについて聞くと「若い指導者に伝えたいのは、スポーツの指導をしたいなら、あなたのパートナーとしっかりと真剣に話し合う必要があるということです」という。子どものスポーツ活動は夕方から夜、週末に及ぶ。そのため、家族の理解があるかどうかは、米国人の指導者にとっても小さくない問題のようだ。ただし、米国の「部活動未亡人」の問題は、自分が情熱を注いでいるスポーツ指導を配偶者が受け入れてくれるか、だ。
運動部の指導をやりたくないのに、管理職や同僚からの圧力でしぶしぶ引き受けなければならない。活動時間を短縮することもできず、家族との時間を持ちたいと強く望んでも持てない。配偶者もそれに付き合わされる、という日本の状況とは異なる。
米国の学校区や学校は、教員採用時に運動部指導が業務内容に含まれるか、手当額がいくらかなどを明示している。もしも、雇用条件と異なる仕事を命じられたら、米国人はいやいや引き受けて苦しむことはしないようだ。リスクをとってでも、断るという米国人の気質がその背景にもあるのだろう。
『体育科教育』2017年11月号p.73より転載
著者プロフィール
谷口 輝世子 (たにぐち きよこ)
スポーツライター
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