スポーツ

複数スポーツの薦め
谷口輝世子

 米国の子どものスポーツを取材していると、複数スポーツを薦める声をよく聞く。
 米国のスポーツはもともとシーズン制。例えば、秋にはアメリカンフットボールをし、冬にはアイスホッケー、春になると野球をするといったものだ。今でも学校の運動部はシーズン制を敷いている。
 しかし、学校外の民間チームが充実してきたことで、1年間、同じ種目だけをプレーする子どもたちが増えてきた。民間クラブチームは通年にわたって活動機会を提供している。学校のサッカー部にも入り、学校のシーズンが終了すると、民間のサッカーチームでプレーするという子どもたちも多い。
 短期的にみれば、同じスポーツを通年でプレーしている子どものほうが上達は早い。競技力向上の点からみれば、ひとつに絞ったほうが一見有利なように見える。
 しかし、少年期からひとつのスポーツだけに集中するというのは、オーバーユース(使い過ぎ)の問題を引き起こす。野球でも、バスケットボールでも、サッカーでも、同じ動きばかりを繰り返すことで、身体の特定の部位に負担がかかる。痛みを引き起こし、手術を必要とするような大きな怪我につながる。心の面では、燃え尽き症候群に陥ることもある。米国では、通年で同じスポーツをすることのマイナス面から、子どもには複数スポーツをするように薦めている。
 最近では、米メジャーリーグ機構のコミッショナーであるマンフレッド氏も複数スポーツを促し、遊びとしての野球を推奨する発言をした。プロバスケットボールNBAのミルウォーキーバックスが、地域の複合スポーツ施設の建設資金を寄付した例もある。
 自分たちのスポーツ種目に目を向けて欲しいはずのプロスポーツも、他のスポーツも体験するよう後押ししている。競技エリート志向で短期的な向上を目指すことは、後になって心身に暗い影を及ぼす事例があったからだろう。
 私は複数スポーツを推進する話を聞くたびに、体育の授業の重要性を感じる。子どもたちがいろいろな身体操作や動きを経験し、習得するのに最も適しているのが体育の授業なのではないか。
 サッカーが得意な子どもでも、ボールを投げることができないことがあると聞く。スイミング教室のエリートスイマーでも、球技は苦手というケースもあるらしい。特定の動きはできても、その他の体の使い方を知らないからだろう。
 多くの動きを経験することによって、それをひな形として、次の新しい身体操作へとつなげていくことができる。得意のスポーツ種目で習得した体の動きを、他の場面でも応用していくためにも、いろいろな体の使い方を身につける必要があるのではないか。
 民間のスポーツクラブのエリート選手である子どもには、体育の授業は無駄なものなのだろうか。私は彼らにこそ必要なのだと思う。
 米国でいろいろなスポーツを体験するように薦めるのは、幼少期からの競技志向の問題のほかに、子どもたちが自由に外で遊べなくなり、体を動かすことが減ったことも関係している。
 前出の米メジャーリーグのマンフレッドコミッショナーは「私が子どものときは18人揃った野球というものはなく、広場に集まった子どもだけでやっていた」と振り返っている。子どもがケガをすれば、監督責任が問われる時代。大人の監視下でしか、外遊びもできなくなった。いろいろな外遊びを通じて、基礎的な身体操作を経験することも少なくなっている。コミッショナーは遊びとして様々なスポーツに触れるようにも促した。
 外遊びをしない運動不足の子ども。特定のスポーツだけに打ち込むエリートアスリート。子どものスポーツの二極化が指摘されているが、どちらの子どもにも同じくらい体育の授業は重要なものだと思う。
『体育科教育』2017年12月号p.57より転載

著者プロフィール

谷口 輝世子  (たにぐち きよこ)

スポーツライター

 

 

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