高校3年生の秋
仲島正教

2学期になると楽しみな講演があります。多分全国でも珍しいと思います。それは西宮市教育委員会社会教育課が行っている高校3年生を対象にした「家庭教育講演」です。テーマは「こんなお母ちゃんお父ちゃんになりたいな」です。「えっ、高3に家庭教育講演?まだ親にもなっていないし、ならないかもしれないのに」。当初、私も疑問に思いました。でも「大人になる一歩手前の高3生に話すことに意義がある」という趣旨で始まって今年で11年目になりました。
講演では「こんなお母さんがいたよ」「こんなお父さんに学んだよ」と私が出会った親たちの話をするだけです。説教的な話は一切しません。そんな話に高3生は引き込まれ、自分自身を振り返るのです。講演の途中には♪未来へ(Kiroro)を流します。すると高校生の目に涙が浮かんできます。
★涙が止まりませんでした。私は今朝、お母さんとケンカして、家を飛び出してきました。お母さんもドアをわざと鍵の閉める音を大きくして閉めました。ガチャンと音がして、その時は腹が立ってしょうがなかったけれど、講演会を聞いているうちに、お母さんに会いたくなって涙が出てきました。
★僕はこの高校生活の中でたくさんの問題行動を起こしてしまいました。そのたびに父母は一緒に謝ってくれました。2日前ぐらいに野球部の集まりで親へ感謝の手紙を読んだのですが、やっぱり僕は迷惑をかけすぎたなと思います。こんな僕なのに見捨てずに18年間育ててくれた親に本当に感謝しています。
高校3年の秋は、受験の直前でこんな講演を聞いている場合ではありません。生徒も教師もこの時期の講演には疑問を持っていました。でも終わってみるとこんな感想を書いてくれました。
★最初は勉強で忙しい時期にこんな話を聞くなんてと思っていましたが、終わったあとは聴けてよかったと思えました。むしろ心に余裕がない今だからこそ、人と人のつながりを大切にしていくことが肝心なんだとわかりました。今だけでなく、今後も人との出会いを大切にし、お互いに支え合えるような関係を作っていきたいと思います。
★この2時間は勉強に費やす5時間よりもはるかに価値のあるものだったと感じています。自分も受験期にさしかかり、結果などを優先してしまう自分がいましたが、改めて大事なものを考えさせられるとてもいい機会になりました。受験勉強で大変な毎日だけど、また今日から頑張ろうと思いました。
★純粋さを忘れかけるこの時期に、たくさんの素敵な親子の関係の話を聞けて、心が温まったし、人間って変われるんだ、すごく温かいんだ、人間っていいな、と思えました。今までの人も、これから出会う人のことも考えられる人になりたいと思いました。今日の話を一生忘れたくないと思いました。
この高校生向け「家庭教育講演」が数年後、親になった時に本当に役に立つかどうかはわかりません。というかもう忘れているかもしれません。でも内容は忘れても、親子の「いい話」や「温かい話」を聴いたという感覚が残っていれば十分なのです。なぜなら、その感覚がその後の人生の優しさや愛につながるからです。それがきっと苦難を乗り越える力になるからです。
高校では様々な講演会が行われます。「進路講演会」「人権講演会」「SNS講演会」……そんな中での「家庭教育講演会」は異例ですが、私は「これがええねんなぁ」と思っています。
昨年の秋から半年後の4月、私は母校の大学で新入生講座をしました。終了後、2人の学生が来てくれました。
「高3の時に講演を聴きましたよ~」
その笑顔の報告に、頬が緩む私です。
著者プロフィール
仲島 正教 (なかじま まさのり)
兵庫県西宮市で小学校教師を21年、指導主事を5年勤め、2005年に48歳で退職し、教育サポーターとして全国各地で講演や研修を行う。現在、若手教師応援セミナー「元気塾PLUS」代表、尼崎市教育委員会教育委員。
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