練習時間制限の規則は何をもたらすか
谷口輝世子

先日、メジャーリーグのサンフランシスコ・ジャイアンツのジェフ・サマージャ投手に話を聞く機会があった。同投手は大学時代に、アメリカンフットボールと野球を掛け持ちしており、そのことについて取材をさせてもらったのだ。
メジャーリーガーになったサマージャだが、米ノートルダム大学では、アメフトの競技優秀者として奨学金を得ていた。そのため、野球よりもアメフトの練習や試合を優先しなければならなかったという。
報道関係者に配布されるメディアガイドのサマージャ紹介ページには次のような記述があった。「ノートルダム大では練習は週に20時間しか認められていない。サマージャはアメフトに16時間、野球は4時間しか練習していなかった」。サマージャに確認したところ「そうそう。でも、20時間というのは、ノートルダム大の規則ではなく、NCAA(全米大学体育協会)の規則なんだよ」と教えてくれた。
NCAAはエリート選手であっても、学業との両立を求め、シーズン中は練習時間を週20時間、1日4時間までと制限している。その規則に従って、アメフトの練習を優先していたサマージャは週に4時間しか野球をしていなかったのだ。
日本の学校運動部では、長時間練習や休日がないことが問題になっている。NCAAには素晴らしい規則がある、と思いきや、規則違反も常態化しているらしい。強豪大学では、週に40時間程度も活動をしているところが少なくないという。2010年に、NCAA自らが学生側から活動時間を報告してもらった調査がある。
それによると、ディビジョンⅠと呼ばれる強豪校では、野球部が週に42.1時間、男子バスケットボール部39.2時間、アメリカンフットボール43.3時間、その他の男子部32時間、女子バスケットボール部37.6時間、その他の女子運動部33.3時間となっている。
それでも大学側にはNCAAの規則に従っているという言い分がある。規則には抜け道があるらしい。運動部としての全体練習は規則の時間内に収めていても、「自主的」にトレーニングに仕向けられ、コーチが近くで見ている状況での自主的な練習試合があり、実際には制限時間の2倍近くの活動になっているようだ。
週に20時間、1日4時間までという活動量は、学業との両立が成り立つぎりぎりのところとして定められたものだろう。週に40時間も活動していては、授業に出席することも難しい。
2014年にはノースカロライナ大が、運動部選手たちの成績を操作していたというスキャンダルが発覚した。ノースカロライナ大はNBA(プロバスケットボール協会)の元スーパースター、マイケル・ジョーダンの母校でもある。20年近くにわたり、大学生選手たちは、授業に出なくても、ファイナルペーパーというレポートを提出するだけで、単位をもらえるようになっていたという。
このスキャンダルの発覚後の2015年には、ノースカロライナ大の元アメフト部の学生と元女子バスケットボール部の学生が大学とNCAAを相手取り「教育を受ける権利を奪われた」と訴訟を起こした。
NCAAが細かい規則を作っても、プロスポーツ並みの収益を生み出す大学スポーツとエリート選手たちにとっては、練習時間の制限を厳守するのは難しい。しかし、こういった規則を私は無駄なものだとは思わない。規則と実際がどのくらい乖離しているかを知ることができ、軌道修正を促す議論につながるように思う。ノースカロライナ大の学生の訴訟も、NCAAの規則があったからこと「教育を受ける権利を奪われた」と訴えることができたのではないか。
『体育科教育』2017年9月号p.56より転載
著者プロフィール
谷口 輝世子 (たにぐち きよこ)
スポーツライター
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