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「ラグビーの町」埼玉県熊谷市と深谷市(下)

深谷市発

 第9回ラグビー・ワールドカップ日本大会開催中の10月5日だった。天気は雲ひとつない快晴。「深谷櫛挽ヶ原ラグビー場」で,W杯出場国であるアフリカのナミビアのU15チームの5人の選手と深谷市のラグビークラブ「深谷トリニタス」の中学生が,7人制と12人制の混成チームを編成。互いに果敢にタックルをし,ボールを蹴り合い,青空の下で親善試合をした。
 そして,ノーサイド後は深谷の郷土料理である「煮ぼうとう」などが振る舞われ,選手たちは互いにプレゼントを贈り合って親交を深めた。
仕掛けたのは,「深谷スポーツクラブ」会長の松島伸一さんと副会長である弟のさんだ。ナミビアの選手とスタッフを仲介したのは,キリスト教系のスポーツ推進団体「日本国際スポーツパートナーシップ」だった。
 「ラグビーは,決して特殊で危険なスポーツではないんです。『1人はみんなのために,みんなは1人のために』の精神は,子どもたちの教育にも効果がある。今日のように試合後の選手は仲良くなり,交流を深める。スポーツに国境はない。最高ですね」
 そう語る松島伸一さん。そのラグビーに懸ける情熱は半端じゃない。


 「将来は体育教員になる!」という強い思いで日体大に入学した松島さんは,ラグビー部に入部。75年春の卒業後に赴任した深谷市立深谷小で早速行動に出る。小学校のクラブ活動にラグビーを取り入れたのだ。当時を松島さんは語った。
 「もちろん,周りは大反対。『危険だ,怪我する,汚れる』と言ってね。でも,最後は認められてラグビー部をつくった。当時は深谷商業高にラグビー部,深谷高には同好会があり,頼み込んで指導していただきましたね。深谷小には8年赴任していたんですが,多いときは180人ほどの部員がいて,3年目の77年には子どもたちのために深谷ラグビー協会を設立しました」
 さらに市立明戸中に赴任すると県内の中学で2番目となるラグビー部を創設する。続けて当時を振り返った。
 「このときも校長先生に直談判して部をつくったんですが,公立の場合は1校に赴任できるのは長くとも10年。もう必死に頑張り,東日本大会で優勝1回,準優勝2回の関東一の名門校にしましたね。私の指導?きっと部員にとっては厳しかったと思います」
 そう苦笑しつつ語る松島さん。中学教員の弟の猛さんも次つぎとラグビー部をつくった。それに他校が触発されたのだろう。90年代には県内25校にラグビー部が創部された。
 だが,松島さんは満足しない。明戸中の校長時代の2009年だった。
 「校長先生,ラグビーをやりたくとも深谷には練習場所がないですよ……」と訴える教え子の声を聞いた松島さんは,すぐさま家族会議を開いて相談。なんと自宅前の1万200平方㍍に及ぶ畑を天然芝のラグビー場にしたのだ。費用は約1500万円。名称は,前述した深谷櫛挽ヶ原ラグビー場とした。
 同時に一般社団法人深谷スポーツクラブを創設し,ラグビー部門の深谷トリニタスを創部。市内に限らず,さらに県内の中学校にラグビー部をつくる普及に取り組んだ。

ラグビーをする子どもたちの受け皿を

 ナミビアの少年たちを迎えた10月5日。自宅前に広がるラグビー場を眺めつつ松島さんは語った。
 「ここは昭和20年代までは林だった。それを父親たちが苦労の末に開墾して畑にした。しかし,私たち姉弟の3人は,いずれも教員になり,校長で定年退職を迎えた。あらためて農業をする者はいない。そこで思い切って畑をラグビー場にした。もちろん,ラグビーを普及させたい一心でね。
 現在,深谷スポーツクラブの会員は200人ほどで,5歳から83歳までと年代層も幅広い。20代と30代の社会人チームは,今年は埼玉県大会で優勝し,東日本クラブ大会出場を果たした。お年寄りの会員は,昼は時間があるため,仲間とグラウンドゴルフもやるし,芝の手入れも一生懸命にやってくれる。草むしりだけでもやっかいだしね。それに維持管理も大変ですから……。まあ,照明も整備されていてナイターもできるしね。部活を終えてもここにくれば,いつでも練習ができる。だから,うちの会員には学校の教員もいるんですよ」
 しかし,松島さんは,それでも危機感を募らせる。かつては県内に25校まで増えた中学ラグビー部は現在,14校まで減少しているからだ。
 「やはり,指導者ですね。少ない上に指導教員が異動してしまうと廃部に追い込まれる。それが大きな問題であり,課題。今の時代は教員志願者も減少しているため,教員になる選手を育てることも大事。深谷市には10校の中学校があり,そのうち5校にラグビー部があるんだが,もっと増やしたい。保護者がコーチを担うこともあるが,その確保も厳しくなっている。
 それに中学の場合は,公式戦の試合が少ないために増やさなければならない。子どもたちに目標を持ってラグビーができる環境を与えてやりたしね。とにかく,今後も前向きでラグビーに取り組んで行きたい
 元公立学校長,松島さん兄弟のラグビーに懸ける思いは果てしない。


 

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