涙の卒業試験
仲島正教

3月に入ったある日、私は子どもたちにこう言いました。
「今から卒業試験をします。この試験に合格しないと卒業させません。さあ問題です。このクラス38人いるけど今から『人間のいい者順に一列に並びなさい!』誰が一番いい人間ですか?誰が一番悪い人間ですか?さあ一列に並びなさい」
「先生は、人間にはそれぞれ個性があり、それぞれにいい所や悪い所があって、けっして順位はつけらない。『人間はみんな違っていていい』といつも言っていたじゃないか!それはウソだったのですか」
「それはウソじゃない、本当だ。でも今日は今日。人間のいい者順に一列に並びなさい。このクラスで一番悪い人間は誰ですか。さあ答えて!」
そんな理不尽なことを言う私に、
「なんでそんなこと言うの?」「そんなのおかしい」「先生はひどい!」、ある子は「このクラスには、悪い人はいません」と泣きながら訴えます。
そんな騒然とした状況が続きましたが、あまりにしつこい私の態度に、何か変だと気がついた子どもたちは、「先生は職員室に戻ってください!あとは自分たちだけで考えるから」と私を教室から追い出しました。
そこから子どもたちの白熱の議論が始まりました。考えに考え抜いたようです。1時間後、日直の子が私を呼びにきました。
「先生、出来たよ」
そして私は教室に戻り、少しドキドキしながら戸を開けました。
すると、子どもたちは教室の机を後ろに引き、前を広くして、そこで男女が交互になり、中を向いて、一つの大きな輪になっていたのです。
私はその大きな輪の中に入り、
「誰が一番いい人間や?」
と聞くと全員が一斉に手を挙げました。
「誰が一番悪い人間や?」
また全員が一斉に手を挙げました。
「(涙……)よく考えたな。これで全員無事卒業や。卒業おめでとう!」
この子たちなら必ず出来ると信じていましたが、それを見事にやり遂げた姿に胸がいっぱいになりました。そして言葉を続けます。
「こうやって一つの輪になると、全員の顔が見えるだろ。嬉しそうな顔をしている友達がいれば一緒に喜べるし、悲しそうな顔をしている友達がいれば、そばに行って声をかけてあげることができる。みんなはこれまでこうして頑張ってきたんだ。
これからの長い人生、苦しいこともあるだろうけど、こうやって輪になっていけば、それを乗り越えていくことができるんだよ。卒業おめでとう。そしてありがとう。」
38人の目には光るものが、そのあとには笑顔が広がり「卒業試験」は無事に終了しました。
2週間後「クラスのミニ卒業式」、そして本番の「卒業式」を終え、あの子たちはとても「いい顔」をして小学校を巣立っていきました。
半年ほど前、西宮市のある幼稚園のPTA講演会に行った時のことです。講演の最後はいつも「卒業試験」の話です。そんな私の話を一番前でニコニコしながら聞いていたのは、美紀でした。あの「卒業試験」から28年後、美紀は40歳のお母さんとして私の授業を再び受けてくれたのです。
美紀の一言です。
「先生は昔と変わらないですね(笑)」
著者プロフィール
仲島 正教 (なかじま まさのり)
兵庫県西宮市で小学校教師を21年、指導主事を5年勤め、2005年に48歳で退職し、教育サポーターとして全国各地で講演や研修を行う。現在、若手教師応援セミナー「元気塾PLUS」代表、尼崎市教育委員会教育委員。
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