新学期に実施したい運動遊びを活用したストレスマネジメント
佐藤善人(東京学芸大学)
- 2020.03.23

1.はじめに
新型コロナウィルス感染拡大防止を理由として、3月初めから長い春休みが始まりました。戸惑われた先生方は大変多いと思われますが、最も戸惑ったのは生徒でしょう。突然、学校が休みになり、教科学習は単元途中で終わり、部活動もできません。卒業式や進級に向けた準備も十分でないまま、「自宅待機」を余儀なくされた生徒が抱えたストレスは大きいはずです。
文部科学省は3月13日付の事務連絡として、全国の関係機関に「〈過去の事務連絡で〉『人の集まる場所等への外出を避け、基本的に自宅で過ごす』ように示したところですが、児童生徒の健康保持の観点から、児童生徒の運動不足やストレスを解消するために行う運動の機会を確保することも大切であると考えており、日常的な運動(ジョギング、散歩、縄跳びなど)を安全な環境の下で行っていただきたい」と指示しています。臨時休校が始まった当初、児童生徒に「自宅待機」を求めていたことを軌道修正した背景には、児童生徒が一日中自宅で生活することの弊害を、文部科学省が認めたことになるでしょう。
2.新学期への不安
3月中旬、登校日に友達と久しぶりに再会した生徒の笑顔を、TVニュースが紹介していました。人間は社会的な生き物ですから、一人では生きていけません。思春期の生徒は仲間とともに喜び、悩み、そして成長していきます。「自宅待機」は生徒を新型コロナウィルスから守るかもしれませんが、健全な心身の成長を阻害する恐れがあります。冒頭で紹介した文部科学省の見解は、適度な運動が生徒の心身の健康に効果があることを示しています。
筆者が特に心配しているのは、心の問題です。新年度が始まる4月は、不登校になる生徒が少なくないと聞きます。新しい学級になじめない、新しい環境に対する不安などがあると思われます。これまでは、3月の学級納めで、先生や仲間と1年間の成果を確認し合い、新年度への期待を膨らませ、エネルギーを得ていました。しかし、来年度に限っては、そういったアドバンテージはありません。「知らない間に進級してしまった…」という状況下で、生徒の学習やスポーツに対する意欲低下が懸念されます。
4月、もしかしたら「学校に行きたくないな」という生徒は増えているかもしれません。筆者は、そういった状況に保健体育授業が貢献できると考えています。
3.運動遊びの可能性
授業中、眠くなったり集中できなくなったりした生徒に対して、簡単なストレッチをさせると気分が軽くなり、また集中できるということがあります。いわゆるリフレッシュです。このように、運動・スポーツには心身をリフレッシュする機能があります。しかし、ストレスを抱えた生徒に対して、すぐに球技や陸上競技のような「競争」や「達成」に挑戦するスポーツをさせることは適切でないように思われます。「勝つ/負ける」「できる/できない」は生徒にストレスを与える場合があるからです。そこで、先生方に実施していただきたいのが「運動遊び」です。
「鬼ごっこ」を例にして考えてみましょう。鬼ごっこは追って追われる単純なルールの遊びです。経験している生徒は多いため、すぐに実践できます。子は鬼に追いかけられますから全力で走って逃げます。ジョグをして休憩したり、逃げる方向を決定したり自己決定の機会が保障されます。一方で鬼も逃げる子を捕まえるために全力で追いかけます。ときには他の鬼と作戦を立てながら協調します。5分も行えば、生徒全員の息が上がるほど身体活動量を確保できるでしょう。ちょっとアレンジして「手つなぎ鬼」にすれば、手をつなぐというスキンシップも生まれます。きっと笑顔がたくさん見られ、心身ともにリフレッシュできるはずです。
筆者は、自然災害によりストレスを抱えた児童のストレスを、運動遊び実践が軽減することを明らかにしています。近日中に、(公財)日本スポーツ協会のアクティブ・チャイルド・プログラム総合サイトに「ストレス軽減を意図した運動遊びプログラム」ガイドブックが掲載されますので、ご参照ください。多様な運動遊びも紹介されていますので、実践の参考にしていただけると幸いです。
4.おわりに
もちろん、保健体育授業には年間指導計画があり、それに従って実践しなくてはいけません。しかし、計画に生徒を当てはめて授業を進めることには、いささか疑問があります。保健体育授業は生徒のためのものです。生徒の実態を無視した実践であれば、先生方が掲げた保健体育科の目標に迫ることはできないでしょう。今回の臨時休校により、これまで以上に生徒は心に不安定さを抱えたまま4月を迎えます。非常事態には、それに対応した実践の検討が必要となります。
例えば、体育開きを行った後、1,2時間は体ほぐしの運動として、運動遊びを実践してみてはどうでしょうか。または、球技や陸上運動に動きが類似する運動遊びを、準備運動の一環として2,3分実施することもおすすめします。生徒のストレスは軽減されて、安心して新学期を迎えられると思われます。
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