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「新型コロナウイルス感染症」:人はなぜ冷静さを失うのか?
大野智(島根大学医学部附属病院臨床研究センター)

Q:人は正確な情報が与えられれば、合理的に最適な選択をするのか?

 新型コロナウイルス感染症が世界各国で猛威を振るい、連日トップニュースで報道されています。筆者の住む島根県では、幸いこの原稿を執筆している時点(3月28日)で感染者は出ていませんが、マスクが入手できない日が続き不安を感じている人もいるようです。また東京では、3月25日におこなわれた都知事の記者会見で、不要不急の外出自粛が要請されたことによって、多くの人がスーパーに食料品を買い求めて殺到し、棚から一時的に商品が消えたりしました。

 インターネットや携帯電話の普及、IT(情報技術)の発展によって「情報化社会」という言葉も一般化してくるとともに「情報リテラシー(情報を収集し分析・活用するための知識・技能)」の必要性が叫ばれてきています。さらに、健康や医療に関する情報についてのリテラシーを「ヘルスリテラシー」といいます。参考までにヘルスリテラシーの定義を示します(文献1)。

ヘルスリテラシーとは
 「健康情報を入手し、理解し、評価し、活用するための知識、意欲、能力であり、それによって、日常生活におけるヘルスケア、疾病予防、ヘルスプロモーションについて判断したり意思決定をしたりして、生涯を通じて生活の質を維持・向上させることができるもの」

 人は、情報を受け取り、内容を理解・評価し、行動に移す、というプロセスをどのようにおこなっているのでしょうか。

 話を新型コロナウイルス感染症に戻します。
 医学的に「マスク」に認められている効果は、感染者が咳やくしゃみをした時にしぶきが飛び散らないようにすることです。健康な人がマスクをしても、感染予防につながるのかは明確に証明されていません。このような事実は、厚生労働省のサイトにも書かれていますし、感染症の専門家がSNSなどを通じて情報発信もしています。
 とは言うものの、読者の皆さんのなかには、心配でマスクが手放せないという人もいるのではないでしょうか。現実に目を向けてみても、多くの人がマスクを買い求め、現在も入手困難な状況が続いています。これは、新型コロナウイルス感染症に対して、人々が必要以上に恐れてしまっている可能性があるのかもしれません。
 
 「人がリスクを過大視しやすいケース」にどのような背景や要因があるのか、リスクコミュニケーションの成書『Risk Communication and Public Health』 (Oxford University Press. 2010年)に具体例が挙げられているので紹介します。

人がリスクを過大視しやすいケース
  ①意図せずに受ける(例:汚染への暴露)
  ②不公平な分配(ある人には利益、ある人には害)
  ③個人的な予防措置で避けられない
  ④馴染みがない新規の原因から発生
  ⑤天然より人工的・人為的な原因から発生
  ⑥潜伏して不可逆的な損害を引き起こす(曝露後、何年も経過してから病気を発症)
  ⑦子ども、妊婦、将来世代に害をもたらす
  ⑧死、病気、けがなどの恐れがある
  ⑨被害者が特定できるような損害
  ⑩科学的に十分に解明されていない
  ⑪信頼できる複数の情報源から矛盾する報告が出ている

 「新型コロナウイルス感染症」にあてはまる項目が,複数あることがわかります。そのため人々は、いくら正確な情報が提供されても、インフルエンザなど既存の感染症よりも不安を強く感じ、冷静に判断できなくなってしまっている可能性があります。同様のことは、「食品添加物」「農薬」などでも起きているかもしれません。
 つまるところ、人は正確な情報が提供されても、対象によってはリスクを過大視するなど情報を歪んで受け取ったり、理解・評価したりする「落とし穴」にはまってしまう可能性が、誰にでも起こりうることになります。したがって、冒頭のクイズ「人は正確な情報が与えられれば、合理的に最適な選択をするのか?」の答えは「✕」になります。

 今回、情報リテラシー・ヘルスリテラシーについて連載する機会をいただきました。皆さんと一緒に、情報の見極め方と向き合い方について考えていければと思います。

[参考文献]
(1) Sørensen K, et al. Consortium Health Literacy Project European. Health literacy and public health: a systematic review and integration of definitions and models. BMC Public Health. 2012; 12: 80.
 

【関連書籍】

https://www.taishukan.co.jp/book/b238158.html

 

https://www.taishukan.co.jp/book/b450301.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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