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注目されなかったオリンピアン

中高生のためのバーチャルレース ”バーチャレ” の主催者である横田真人さん
(前回記事『今こそ始める新しい大会のかたち』はこちら→ https://www.taishukan.co.jp/hotai/media/blog/?act=detail&id=240 )
バーチャレについてお話を伺う中で横田さんと陸上競技(中距離)との関係性に感銘を受けた編集部では,「この魅力を読者の皆さんに届けない手はない」と考え,横田さん自身のことを深掘りさせていただくことにした。
 

★横田真人さん
陸上競技800mのロンドンオリンピック代表。現役時代に経験した,国内ではマイナー競技である中距離選手ならではの不遇をバネに,中距離の魅力を広めるため奔走している。その取り組みの1つとして,今夏に”バーチャレ”(大会公式HP https://virtualrace.jp/vdc2020/)を開催する。

 

【陸上・中距離の厳しい現実】

横田さんはロンドンオリンピック(2012年)に出場されていますが,オリンピックを強く意識し始めたのはいつ頃でしたか?
北京オリンピック(2008年)の前年に一度は標準記録を切ったものの,その後標準記録が上がり,日本選手権で再チャレンジしましたが,記録も突破できず勝負にも負け,代表入りを逃しました。それが大学3年のとき。これを機に,オリンピックに出たい気持ちが一層強くなりました

 

中距離は,日本と世界の差が大きいのでしょうか?
当時は,過去40年ほどの間,800mでオリンピックに出場した日本人がいない状況でした。そんな中で「オリンピック出場は現実的な目標なのか?」という考えも浮かびましたが,だからこそ出ることに価値があるとも感じました。まずは1人出場することで,「世間の中距離への見方や中距離を志す子どもたちの意識が変わるのではないか」と考え,あらためてオリンピックを目指すことを決意しました。

 

その後,実業団3年目に念願のオリンピックに出場。そのときに感じたことはありますか? 
ロンドンオリンピックで見た景色は,見たことのない景色であり,見たかった景色でもありました。一方で,僕がオリンピックに出たからといって,中距離に対する見方が変わったという実感はまったく持てませんでした
当時,800mでの日本代表は44年ぶりだったにもかかわらず,注目度は高くなく,取材に訪れる方もほとんどいませんでした。「44年ぶり」も,大学4年で出した日本記録(当時)もフューチャーされることはなく,「強くなっても変わらないものもあるんだ」「やっぱり短距離や長距離・マラソンとは違うな」という,少し寂しい気持ちを持ったのを覚えています。

オリンピックの会場にて(右が横田さん)

 

オリンピックに出場しても中距離への見方が変わらない中,何か次の戦略はあったのでしょうか?
初めは「世界大会でメダルを取れば,箱根駅伝やマラソンのように“ヒーロー”になれば,中距離に対する世間の見方も少しは変わるのではないか」と考えていました。しかし,それでは一過性に終わってしまう気もしていて。一度の結果うんぬんではなく,そもそもの世間の中距離への考え方が変わらないと,選手への見方も変わらないのではないかと思うようになりました。オリンピックを通して,「社会の中でのその競技の注目度や価値」の重要性を痛感したことで,どうしたら中距離を好きになる人が増えるかを考えるようになりました。

 

「中距離を好きになってもらう」と一言で言っても,簡単なことではないかと思います。どんなことから始めたのですか?
その競技を応援してくれる可能性が一番あるのは,その競技をしていた子たちだと思うので,彼らにメッセージを発信することが大事だと考えています。もしかしたら,中距離選手は“ヒーロー”ではなく“身近で頑張るお兄ちゃん”のような存在でよいのかもしれません。
と同時に,近年800mでオリンピックに出場した数少ない者(*)として責任をもってその競技を盛り上げていくことが,その競技や後に続く世代に対する役割だと思っています。「オリンピアン」という言葉には,特別な意味合いや責任があると考えているからです。
*横田さんの出場以降,2016年のリオデジャネイロオリンピックには川元奨選手が出場。

 

【中距離の楽しさってなんだろう?】

こんなにも強い中距離への思い入れの原点は,どこにあると思いますか?
高校時代ですかね。高校の陸上部はいい意味で自由で,自分たちでメニューを考えたり,先生やコーチも一緒に考えながら楽しんで指導してくれたりするような部活でした。走るのはあまり好きではなかったのですが,仲間や顧問の先生方が大好きでした

マイルリレーでバトンをつないだ仲間

 

走るのが好きではなかったとは意外です。走ることに楽しさを感じるようになったきっかけはありますか?
陸上競技は,結果が全部自分に返ってくるからこそ,先生やコーチとの会話の中で自分を成長させていけるものだと気づいたことです。競技を通して学び,身につけたものがタイムや結果で可視化できるところが陸上競技の魅力だと感じています。ほかにも,他校の先生がアドバイスをくれたり,他校の友達と話をしたりすることも外から得られる刺激になり,どんどんのめり込んでいきました。

 

高校時代は何を目標とされていたのですか?
初めは「インターハイに出たい」という気持ちでしたが,次第に「優勝したい」に変わっていきました。インターハイ優勝が当時の自分にとってのゴールだったので,インターハイがあったから頑張れたのは事実です。
一方で,引退した今は,「それだけじゃなかったんだろうな」と思うんです。インターハイまでの日々がなかったら優勝もなかった。そして,そもそも優勝を目指そうと思わせてくれたのが先生方だった。それらすべてがあってのインターハイでした。だから,「インターハイに出るから何かが変わる」わけではないと思っています。

 

【盛り上がれ!中距離界】

現在は,中長距離チームで日本トップレベルのアスリートを指導されていますが,その中で意識していることはありますか?
個性を大切にしています。それぞれのバックグラウンドや将来への一部として陸上競技があると思っているからです。それはきっとトップ選手も中高校生も同じではないでしょうか。
また,社会に出るためのスキルや競技からの副産物を得ることを大事にしています。陸上競技・スポーツを競技場の中だけでとどめておくのはもったいない。陸上競技をより広く捉えてほしいと考えています。

 

チームのホームページ(TWOLAPS TRACK CLUB 公式HP http://twolaps.co.jp/に,横田さんのお好きな本として弊社の『中長距離ランナーの科学的トレーニング』が書かれており,大変嬉しく思っています。選んでくださった理由を教えていただけますか?

TWOLAPS TRACK CLUB 公式HPより

 

大修館書店さんから出されていたとは知りませんでした(笑)。
この本は,僕が陸上競技を始めたときにまず読んだ本です。当時,練習メニューは基本的に僕が立て,それをコーチが確認してくださる形で進めていたので,メニューを考える際の基礎的な知識を得たかったんです。

生理学,身体科学,トレーニング計画,レース戦略など,この本から学んだことが,アスリートとして,指導者としての僕のベースをつくってくれています。高校生のときからずっと持ち続けている本はこの本だけですね。今もよく読み返しています。

世の中に長距離やマラソンの本はたくさんありますが,中距離の本はなかなかありません。数少ない中距離の本の中でも,この本は中距離をやっている選手には必ず読んでほしい一冊です。
 

 

中長距離ランナーの科学的トレーニング
(書籍情報→https://www.taishukan.co.jp/book/b198706.html
 オリンピック2連覇・世界記録12回更新の中距離ランナー,セバスチャン・コー。彼を育てた生理学者のデビッド・マーティン氏,及び彼の父でありコーチでもあるピーター・コー氏による科学的トレーニングのノウハウが集約された1冊!

 

横田さん,貴重なお話をありがとうございました!今後も,中距離界に新たな旋風を巻き起こしていかれるのを楽しみにしています!

(6月26日zoomにて取材・収録,企画・編集=大修館書店編集部,写真提供=横田真人さん)

 

●おすすめ関連書

陸上競技指導教本アンダー16・19[上級編] レベルアップの陸上競技
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 身につけた基礎をもとにさらにレベルアップするために必要な技術的ポイントトレーニングの仕方トレーニングの計画競技会での戦術などについて詳しく解説!

 

陸上競技のコーチング学
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