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メディアのアビガン報道を科学的に吟味する
大野智(島根大学医学部附属病院臨床研究センター)

Q:アビガンの新型コロナウイルス感染症に対する効果は臨床試験で証明されている? 

 新型コロナウイルス感染症の治療薬として注目を集めている「アビガン(薬剤名:ファビピラビル)」について,「飲んだ,治った,だから効いた」という“経験談”は情報として不確かであることや,“専門家”の肩書は玉石混交であり一部では利益相反の問題点があることなどを前回解説しました。
(参照:メディアが報道する「アビガンが効いた」は本当か?

 今回は,「偏り(バイアス)」や「偶然」の入り込む余地が少ない,言い換えると「信頼性の高い情報」について考えてみます。これはヘルスリテラシーで求められる,情報を「入手」「理解」「評価」「活用」するという4つのスキルのうちの,「理解」「評価」に関連します。

○「薬が効く」と言うために必要な裏付け(=根拠)

 病院で処方される医療用医薬品(処方薬)や薬局で販売されている一般用医薬品(市販薬)には,「効能・効果」が記載されています。つまり,「効く」ということがわかっているわけですが,そのためには必ず根拠となるデータが必要になります。その根拠として最も信頼性の高いものが「ランダム化比較試験」による研究結果です。
 ランダム化比較試験とは,対象者をランダムに2つのグループに分けて,一方(介入群)には評価しようとしている治療,もう一方(対照群)には異なる治療をおこない(※「治療をおこなわない」という場合もあります),一定期間後に評価しようとしている指標(治療の効果など)について比較検討する方法です。原則として,薬の候補となる物質が,最終的に「医薬品」として認められるためには,このランダム化比較試験によって有効性が立証される必要があります。

○アビガンのランダム化比較試験:内容を正確に理解できていますか? 

 先日,藤田医科大学で実施されていたアビガンのランダム化比較試験の結果がプレスリリースされました(1)。ここで,その内容を正確に理解するためのポイントやコツを紹介します。まず注目すべき項目は次の4つです。

Patient(患者):対象となったのは,どのような背景をもつ人か?
Intervention(介入):どのような治療をおこなったか?(量や期間なども確認)
Comparison(比較対照):別の治療はどのようなものか?(量や期間なども確認)
Outcome(転帰・結果):評価指標がどのように変化したか?

 それぞれの項目の英語表記の頭文字をとって「PICO(ピコ)」と略されます。アビガンの臨床試験では,

①P:無症状もしくは軽症の新型コロナウイルス感染症患者
②I:試験開始後1~10日目にアビガン投与
③C:試験開始後6~15日目にアビガン投与
④O:6日目までの累積ウイルス消失率

になります。IとCがちょっとわかりにくいかもしれませんが,この臨床試験では実質的に「I:アビガンを服用した人」と「C:アビガンを服用していない人」を比較したと捉えて構いません。そしてプレスリリースでは,「介入群(I):66.7%」に対し「対照群(C):56.1%」と,アビガンを服用した方がウイルスの消失した割合は高かったものの,統計学的に意味のある差ではなかったとされています。つまり,この臨床試験の結果からは,アビガンが新型コロナウイルス感染症に対して効果があるのかないのか,「まだわからない」ということになります(注意:ランダム化比較試験で有効性が示せなかったことが,「効果がない」ということを意味しているわけではありません)。
 ですので,冒頭のクイズの答えは,現時点では「×」になります。

○「PICO」について深掘り

 紹介した藤田医科大学のプレスリリースは残念な結果でしたが,“仮に”有効性が示せていたとしても情報を読み解く上での注意点があります。ランダム化比較試験で得られた結果は,前述の「PICO」が前提条件になります。つまり,臨床試験に参加した対象者(P)と背景が異なっていたり(例:重症患者など),介入方法(I)の条件が異なっていたりした場合,同様の結果が得られるかどうかはわかりません。また,評価指標(O)である「ウイルスの消失」が,患者にとってどれくらい意味のあることなのかについても吟味しておく必要があります。“仮に”「ウイルスの消失」の効果がランダム化比較試験で示されたとしても,それは「症状の改善」や「重症化の予防」を意味しているわけではありません。つまり,「薬が効く」と言う場合,「どのように効くのか?」という点を注意深く見極めることが大切になってきます。
 今回は,アビガンを取り上げましたが,他の医薬品でも「PICO」による情報の読み解き方は同様です。また,健康食品・鍼灸・ヨガなどの補完代替療法であっても,ランダム化比較試験の結果の解釈に「PICO」は役立ちます。是非,これを機会に覚えてもらえたら幸いです。

[参考資料]
(1)藤田医科大学;ファビピラビル(アビガン)特定臨床研究の最終報告について[2020.7.10]https://www.fujita-hu.ac.jp/news/j93sdv0000006eya.html


【関連書籍】

https://www.amazon.co.jp/dp/4469268984/
 

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