意思決定の場面で考えなければならないこと
大野智(島根大学医学部附属病院臨床研究センター)

Q:治療方針を決める際,効果の優劣だけ考えれば大丈夫?
今回は,ヘルスリテラシーに求められる健康情報を「入手」「理解」「評価」「活用」するという4つのスキルのうち『活用』についてコツやポイントを解説します。ヘルスリテラシーにおける「活用」とは,健康情報を判断材料として決断・行動の意思決定をすることを指します。その意思決定プロセスのモデルとして前回「科学的根拠に基づいた医療(Evidence-based medicine:EBM)」を紹介しました。EBMの定義は,「『科学的根拠』『臨床現場の状況・環境』『医療者の技術・経験を含む専門性』『患者の意向・行動(価値観)』の4つの要素をバランスよく統合し,より良い患者ケアに向けた意思決定を行うための行動指針」となっています。これら4つの要素について,病気と診断され治療方針を決定するという場面を想定して考えてみます。
EBMを構成する4つの要素
①科学的根拠
・治療によって得られる効果はどのようなものか?(例:治癒・延命・QOL改善など)
・臨床試験で証明されている治療の効果はどれくらいか?
・副作用の程度(強い・弱い)や頻度(多い・少ない)は?
・複数の治療法がある場合,効果や副作用はどのように異なるのか?
②臨床現場の状況・環境
・患者の病状は治療を適用できる条件を満たしているか?
・治療を受ける体力はあるか? 既往症や併存症が治療の妨げになっていないか?
・治療は入院が必要か? 通院治療が可能な場合に家族の支援は受けられるか?
・治療費は支払い可能か?
③医療者の技術・経験を含む専門性
・医師はその治療に精通しているか?
・病院の治療実績は?
・医療スタッフのサポート体制は?
④患者の意向・行動
・治療に何を期待し,効果はその期待に応えてくれているか?
・副作用は許容できるか?
・治療を受けるために社会的・経済的不都合はないか?
EBMを構成する4つの要素について,診療現場で遭遇する代表的な具体例を列記しました。ここで,皆さんに感じてもらいたいのは,「治療方針を決めるだけなのに,考えなければならないことがたくさんあるんだ」ということです。人によっては,ここに挙げたこと以外にも治療方針を決めるための重要なファクターがあるかもしれません。ですので,冒頭のクイズ「治療方針を決める際,効果の優劣だけ考えれば大丈夫?」は「✕」になります。
「科学的根拠」以外も考慮する重要性
では,なぜ,治療が効くか効かないかという情報(科学的根拠)だけで判断してはいけないのでしょうか?
臨床試験で効果が証明された治療法であっても,全員に効くわけではありません。これを「医療の不確実性」といいます。将来的に医学がどれだけ進歩したとしても必ず付きまとってきます。「効果100%で副作用ゼロ,治療費も割安」といった夢のような治療法があれば迷うことはないかもしれませんが,残念ながらそのような治療法はありません。
現実に目を向ければ「病気が治る確率は50%(科学的根拠)」といった情報を判断材料として意思決定しなければなりません。そうなると,その数字の受け止め方は人によって異なるため,治療をする・しないといった意思決定も異なる可能性があります。身近な例として「降水確率が50%だったときに,傘を持っていく人もいれば持っていかない人もいる」と説明されればイメージしやすいかもしれません。
さらに,治療方針を決める際,「科学的根拠」以外にも「臨床現場の状況・環境」「医療者の技術・経験を含む専門性」「患者の意向・行動(価値観)」も意思決定に影響してくることは前述したとおりです。そのため,意思決定に悩んだり,迷ったり,戸惑ったり,躊躇したりする人がいるでしょう。
ここで大切になるのは,医療者などの専門家とのコミュニケーションです。EBMを実践する上でも「Evidence does not make decisions, people do.(治療方針の意思決定は,エビデンスではなく,医療者と患者によってなされるべきである。)(1)」という点が強調されています。しかし,ヘルスリテラシーに関するこれまでの研究で,日本人は「病気になった時,専門家に相談できるところを見つける」ことを苦手としていることが明らかとなっています。次回は,これらの点を踏まえた上で,意思決定における注意点や落とし穴について考えてみます。
[参考文献]
(1)Haynes RB, et al. Physicians' and patients' choices in evidence based practice. BMJ 2002;324(7350):1350[https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12052789/]
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