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意思決定の場面で気をつけるべき落とし穴
大野智(島根大学医学部附属病院臨床研究センター)

Q:人は正確な情報が与えられさえすれば,合理的に最適な選択ができる? 

 前回,ヘルスリテラシーに求められる4つのスキルである健康情報の「入手」「理解」「評価」「活用」のうち,「活用」について解説しました。具体的には,健康・医療情報を判断材料として,利用できる費用・時間・労力などを考慮しながら,自分の好みや価値観に照らし合わせて決断・行動の意思決定をおこなうというものです。ポイントとしては,「入手」「理解」「評価」した正確な健康・医療情報以外にも,考えなければならない要素がある点です。教科書的に「活用」の解説はこれで十分なのですが,実践するにあたって,もう一つ知っておいてほしいことがあります。
 以前,この連載で,情報を「理解」する際,さまざまな心理効果や数字のトリックによって,情報を歪んだ形で受け止めてしまうリスクについて紹介しました。

◎情報の理解を妨害する心理効果を知っていますか?[2020.6.2]https://www.taishukan.co.jp/hotai/media/blog/?act=detail&id=236

 

プロスペクト理論

 実は情報を「活用」する場面においても,「落とし穴」が潜んでいることがあります。その落とし穴の仕組みは,行動経済学と呼ばれる学問で,近年,いろいろと明らかになってきました。代表的なものとして「プロスペクト理論」があります。

 

 「プロスペクト理論」を説明するのに,次のような質問がよく出されます。

【質問1】あなたの目の前に,以下の2つの選択肢が提示された。
・選択肢A:100万円が無条件で手に入る。
・選択肢B:コインを投げ,表が出たら200万円が手に入るが,裏が出たら何も手に入らない。

【質問2】あなたは200万円の負債を抱えているものとする。そのとき,以下の2つの選択肢が提示された。
・選択肢A:無条件で負債が100万円減額され,負債総額が100万円となる。
・選択肢B:コインを投げ,表が出たら支払いが全額免除されるが,裏が出たら負債総額は変わらない。
 

 みなさんも考えてみてください。
 質問1では「選択肢A」,質問2では「選択肢B」を選ぶ人が多くなるとされています。このことは,人は損失局面では賭けに出やすい(リスク愛好的)と説明されています。「借金で首が回らない人ほど,アヤしい儲け話に手を出しやすい」と言われれば理解いただけるのではないでしょうか。これを,健康や医療の場面に置き換えると,難治性の病気と診断されて不安に押しつぶされそうになったとき,冷静に考えれば効くはずがないとわかる高額な健康食品につい手を出しやすくなる,という状況を想像していただければと思います。
 つまり,不安や恐怖あるいは怒りといった感情が揺さぶられているような状況では,意思決定(ヘルスリテラシーの「活用」)に歪みが生じる可能性があることについて知っておく必要があります。ですので,冒頭のクイズ「人は正確な情報が与えられさえすれば,合理的に最適な選択ができる?」の答えは「✕」になります。
 世の中を見渡すと,この仕組みを応用した広告,書籍などがあふれています。例えば,「健康によい」とされる商品の販売方法には,次のようなパターンがあります。

①ものごとに白黒つける・単純化する
②感情を揺さぶる(不安・恐怖)
③都合よく願いを叶える商品の販売


具体的には,

・「年をとると免疫力が下がる(①単純化)」
・「免疫力が下がると病気になる(②不安・恐怖)」
・「このサプリを飲んで免疫力をアップして病気知らず!(③都合よく願いを叶える)」

といった具合です。
 ヘルスリテラシーの「活用」,つまり意思決定の場面においては,「今,自分は冷静に判断できる心理状況か?」という点についても,ちょっと立ち止まって考えてもらえたらと思います。
 

【関連書籍】

https://www.taishukan.co.jp/book/b521318.html

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