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文武両道は成り立つ③
アクティブ・レッスン・プログラムのすすめ
神戸大学大学院人間発達環境学研究科 助教 喜屋武享

  • 2021.06.09

 実行機能という言葉を聞いたことがあるでしょうか。文武両道を語る上で、重要な鍵を握るのが実行機能と呼ばれる脳の機能です。脳の前頭前野が司る実行機能は、思考や行動、感情をコントロールする上で基盤となる能力とされ、論理的思考力、問題解決能力、計画力の土台と考えられています。
 前頭前野の発達は幼児期に著しく、児童期、青年期と徐々に緩やかになりますが、発達し続けます。このため、幼い子どもよりも青年期の方がより上手くセルフコントロールできるようになると思われそうですが、必ずしもそうではありません。特に青年期には、飲酒や喫煙に手を染めたり、些細なことでカッとなったり、インターネットやゲームに依存しやすくなったりと、行動のセルフコントロールが難しくなります。これは報酬に敏感な脳領域(線条体)の活動が青年期の一時期に強くなることが関係しています。つまり、調整役の前頭前野の活動を超えて線条体の活動が活発になるために、(悪い方の)好奇心や欲求に勝てなくなることがあるということです注1)。
 このセルフコントロールの基盤となる実行機能が運動によって強化されることが立証されつつあります。例えば、アメリカで、7歳~9 歳の子ども221名を対象に9か月間の放課後運動教室を行った結果、実行機能の向上がもたらされました1。この研究は、最も質の高い研究デザイン注2)を用いて、運動が実行機能に影響を与えるという因果関係を検討した研究結果です。これ以外にも、この因果関係が確かであることを立証した研究が複数報告されています2
 実行機能は学力とも密接に関わることが知られています3ので、脳の機能という側面からみると、文武の両道を極めることは決してかけ離れたものではなく、むしろ密接な関係にあるといえるのです。
 今、世界では、子どもの身体不活動が大きな問題となっています。身体活動は、運動やスポーツを含め、遊びや家事などの日常生活における目が覚めている状態の動きを総称したものです。発達や健康への影響から、WHOは、5歳から17歳の子どもは毎日60分以上の中高強度身体活動(息があがる、あるいは汗ばむ程度の活動)を実施することを推奨していますが、世界の約80%の子ども(11歳?17歳)がこの推奨身体活動量を達成しておらず、2008年から2016年にかけてこの状況は変わっていません4,5
 日本も他国と同様に身体不活動の子どもが多いことが推測されます。日本は国際比較が可能な国を代表するデータがないため、断言はできませんが、筆者らが国際比較で用いられた指標を使って沖縄県と京都府の小中学生を対象に実施した調査によれば6、推奨身体活動量を達成していない子どもの割合は、小学校4年生から6年生で91.0%、中学校1年生から3年生で66.7%にのぼりました(図1)。島根県雲南市の小学校4年生から中学校3年生までのほぼ全数にあたる1,930名の児童生徒が参加した調査では、推奨身体活動量を達成していない子どもの割合は、小学校4年生から6年生で81.8%、中学校1年生から3年生で78.0%でした7

 


 この身体不活動の蔓延と背中合わせに、遊びとしてのスクリーンタイムの増加が世界的な懸案事項となっています。スクリーンタイムは、テレビ、スマートフォン、ゲーム等の視聴時間を指します。カナダやオーストラリアのガイドラインでは、5歳から17歳の子どもはスクリーンタイムを1日2時間未満に制限することを推奨しています。スポーツ庁が日本の全小学校5年生と中学校2年生を対象に実施している「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」によると、平日のスクリーンタイムが2時間以上だった児童生徒の割合が2017年度は約51%だったのに対して、2019年度は約57%に増えています。
 これまで日本では、“体力向上”を目的として子どもの運動促進を図ってきました。文部科学省は、子どもの体力向上のために国家予算を準備し、子どもの発達段階に合わせた運動遊びを動画で紹介したり、各学校の取り組み事例を紹介したりして、体力向上のための啓蒙活動に力を注いでいます。学校では、運動嫌いを減らすことに力を入れた体育授業の改善や、用具や設備等の運動環境の整備、部活動への加入を促すなど様々な工夫が凝らされています。地域スポーツにおいては、子どもから大人までスポーツを楽しむことができる場を作ろうという狙いのもと総合型地域スポーツクラブが活性していますし、プロスポーツ団体も地域に根ざした活動を展開し、子どもの運動促進に貢献しています。
 このように様々な方面で子どもの運動促進に力が注がれていることが功を奏してか、「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の2018年までの10年間のデータは、子どもの体力・運動能力は緩やかな改善傾向を示していました。しかしながら、最新(2019年度)のデータは、体力・運動能力の大幅な低下を見せ8、改めて取り組みの見直しが求められる状況に陥っています。体力・運動能力に影響を与える要因は運動だけではなく、他の生活習慣や生育環境、遺伝の要因なども含まれるため、運動だけに力を入れれば良いという単純な話ではありません。しかし、科学技術の発展により移動は便利になり、子どもをじっとさせるスマートフォンやゲームなどがどんどん進化していく中、これまで通りのやり方を繰り返すだけでは歯が立たないかもしれません。
 この点において、アクティブ・レッスン・プログラムは、教科学習中というこれまでメスの入らなかった場面に打開策を見出そうとする新たな視点です。前回紹介した例をご覧いただくとわかる通り、アクティブ・レッスン・プログラムは、授業の一部の時間でできるものや学習内容に沿ったプログラムであることが特徴の1つです。海外のアクティブ・レッスン・プログラムがもたらす効果を見ると、子どもの属性(性別や経済状態)に関わらず身体活動量の増加が認められるだけでなく、学習態度が改善することも確かだといえそうです9
 これまで日本では、体力向上と学力向上との有機的関連性を前提に議論が交わされることはあまりありませんでしたが、沖縄県では少しずつ議論が巻き起こっています10。今後、日本の教育環境に適したアクティブ・レッスン・プログラムの開発とその効果を明らかにした研究の成果が待たれます。
 

注1):線条体の活動が高まると学業成績が伸びるとするエビデンスもある11。線条体の活性によって必ずしも反社会的な行動を取るというわけではない。

注2):ランダム化比較試験のことを指す。ランダム化比較試験とは研究対象となる集団を無作為に介入グループと比較対照グループに分け、両グループの変化を比較して介入の効果を評価する研究手法のこと。グループ分けをする際に研究者の意図が含まれないようにするため、効果を検証する上で介入以外の影響が入り込みにくくなる。したがって、因果関係を確かめるには最も質の高い研究デザインとされている。

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