健康

子どもの睡眠について考える
③子どもたちの心身の健康および学習意欲を向上するために
神川康子(富山大学名誉教授/(株)エムール睡眠・生活研究所所長)

1.はじめに

 筆者は1990年代から子どもたちの睡眠・生活習慣について調査・研究を続けていますが、日本では、大人も子どもも24時間を構成する生活時間の中で睡眠行動の優先順位がますます低下し、時間不足だけでなく、就寝時刻や起床時刻のズレによって、その質も低下していることが危惧されています。

 現代の空調や照明設備、子ども部屋の独立性確保などの生活環境によって、便利で自由・快適に生活できるようになるにつれて、睡眠時間よりも起きている生活時間が延長しがちで、子どもたちだけでは自己管理しにくい状況が進行していると考えられます。

 さらに、日々多くのモノや情報にあふれ、勉強や部活動などの行動要請も増えて、成長とともに相当な自己管理能力が培われていなければ、いつの間にか睡眠時間が奪われ、子どもたちの心身の健康だけではなく、勉学やスポーツ等に対する学習意欲も失われて、人間関係にも影響が及び、日々の生活の質が低下することが懸念されます。

 これまで「睡眠・生活習慣と心身の健康や学力」に関して、多くの調査、実験を重ねてきましたが、特に2020年から3年あまりのさまざまな規制を受けたコロナ禍が成長期の子どもたちに及ぼした影響は、とても大きなものでした。そのため、今後時間をかけて、親子で、家族で、学校教育や地域ぐるみで、睡眠の重要性を科学的に共通理解し、修正・改善して行く必要があると考えています。

 今回は、睡眠習慣が子どもたちの生活の質や学習意欲に影響を及ぼすことを明らかにした典型的な調査結果を紹介します。

 

2.睡眠時刻を遅らせないことが心身の健康、学力向上につながる

 表1(文献1)は、筆者が附属小学校の校長を兼務していた際に、児童と保護者の理解・協力を得て1年生から6年生までの全校生徒480名の睡眠・生活習慣について詳細に調査した結果を分析したものの一部です。

 調査の結果、睡眠習慣は児童の日中の生活の質に影響を及ぼし、特に就寝時刻が睡眠の質、日中の活動、身体の健康度、心の安定、そしてテストの点数にも統計学的に有意に影響していたことが明確になりました。

 なお、2022年3月、コロナ禍の環境で5,000名あまりを対象に行ったWeb調査の結果分析でも同様の傾向がみられており、状況は改善されているとは言えないようです(詳しい結果は、今後の学会で発表の予定)。

 また表2(文献2)に示すように、2012年~2014年に、小学校1年生から高校3年生までを対象に行った学習意欲に影響を及ぼす生活状況を調べた調査の結果でも、111項目の中から、すべての学年において学習意欲に影響を及ぼす生活状況として絞り込まれた項目は、「睡眠習慣」「食習慣」「運動習慣」「人間関係」でした。

 特にすべての学年で確かな関連(有意率p≦0.01)が認められたのは、「起床時の気分」「日中の居眠り」「食欲」「いつも元気か」「家族が好きか」という項目でした。

 児童・生徒の睡眠習慣と生活習慣は確かに連動しており、これまでの40年以上の研究の結果、常に揺るがない結果として示されたきたのは、学校教育期間の子どもたちにとっては、就寝時刻をできるだけ遅延させないことが心身の健康と学力向上につながり、起床時の気分が良いことが一日の生活の質、パフォーマンスを向上させるということでした。このことを保護者も教育関係者も科学的に理解することが、子どもたちの成長に積極的に寄与することにつながると考えられます。

 

3.各成長段階において推奨される睡眠教育のポイント

 そのための睡眠教育は、できる限り早めにスタートすることが重要です。乳幼児期から保護者や学校の先生方、地域の方々と一緒に学び、理解することにより、子どもたちが成長過程で無理なく自然に睡眠・生活習慣を身につけることができれば、生涯健やかに生きる術を身につけることになります。

 そこで筆者は、一生もののプレゼントになるとして、成人するまでに次のような5~6回の睡眠教育の機会が必要であることを推奨しています。

① 胎児期(妊娠期)の両親や家族のために
② 幼児期には小1プロブレム予防のために保護者、保育者に
③ 小学校3、4年生から生活リズムが乱れやすく、特に就寝時刻が遅れると生活への影  響が大きくなるため
④ 中一ギャップ予防のために入学時の生徒へ
⑤ 受験期を迎え、やがて一人暮らしになる高校生に生活のセルフマネジメントができるように
⑥ 大学生活を健康に過ごし、社会人や親になる準備としての睡眠教育

 

参考文献
1)神川康子. 子どもの睡眠不足: その影響と対応. 井上雄一, 他.(編). 眠気の科学. 朝倉書店, 2011; 131.
2)神川康子. 小学生から始まる学校生活のために. チャイルドヘルス. 2017; 20(10): 755-759.
3)神川康子. 子どもの教育と睡眠. 白川修一郎、 他. (監修). 基礎講座 睡眠改善学 第2版. ゆまに書房、 
    2019; 85-101.
4)神川康子. 小学生の睡眠改善のための小学校教育現場での指導法. 堀忠雄、 他. (監修). 応用講座睡眠改善学. 
    ゆまに書房、 2013; 97-118.
5)神川康子. 睡眠教育と睡眠環境調整による睡眠マネジメント. 日本睡眠環境学会. (監修). 睡眠環境学入門. 
    全日本病院出版会、 2023; 180-185.

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