これからを生きる中高生に必要な性教育、考えてみませんか?
第3回 「包括的性教育」ご存じですか?①
重見大介(産婦人科専門医 日本医科大学非常勤講師)
みなさん、こんにちは。産婦人科医の重見大介です。
前回は、日々感じる「モヤモヤ」として、オンライン相談やSNSで見えてくる“本音”についてお話ししました。SNSに広がる“誤解”の構造や、これらに伴う3つの課題を知っていただけたのではないかと思います。
今回から3回ほどかけて、こうした現状や課題を踏まえて中学・高校生に必要な現代の性教育について解説していきたいと思います。キーワードはセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・ライツ(SRHR)、包括的性教育、性的同意などです。
今回は、まずセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・ライツ(SRHR)という概念について詳しく紹介します。
日本における「女性の健康や性の安全」の課題とは?
日本は医療や公衆衛生の質が総合的に高く、女性の健康と深く関わる妊娠・出産においても世界に誇れる指標(周産期死亡率(注1)、新生児死亡率(注2)など)をいくつも有しています。
注1:周産期死亡率とは、妊娠満22週以後の死産と生後1週(7日)未満の死亡をあわせた「周産期死亡」を、出産数1,000件あたりで示した指標のことです。日本の周産期死亡率は、3.3(2024年)です。
注2:新生児死亡率とは、生後28日未満の死亡を、出産数1,000件あたりで示した指標のことです。日本の新生児死亡率は、0.9(2024年)です。
一方で、産婦人科医の目線から「女性の健康や性の安全」という観点で考えてみると、他国に比べて大きな課題が存在していることも事実です。例えば、以下のようなことが挙げられます(ここでは「身体構造が生物学的に女性である」ことを前提として書きます)。
●確実性の高い避妊法(経口避妊薬や子宮内避妊具など)が普及していない
●緊急避妊へのアクセスに不便さが多く、費用も高い(なお、来春から薬局での購入が可能になる見通しです)
●多くの先進国で60~70%以上の接種率であり、子宮頸がんを含むさまざまな疾患を予防するためのヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種率が低い(定期接種の初回接種率は全体で24%程度)(文献1)
●人工妊娠中絶は年間約13万件程度実施されており、20歳未満だけでも1日約28件ある(文献2)
●思春期のうちからかかりつけの産婦人科医を持つ人が少なく、「若いうちから女性としての健康を自身で管理する」という意識が社会全体として薄い傾向にある
●未成年者を含めて性被害が日常的に存在しており、女性の約14人に1人は無理やりに性交等された経験がある(文献3)
また、こうした課題には「権利」という概念も大いに関わっていますし、当然ながら男性(身体構造が生物学的に男性である人)にも深く関わります。
これらの社会課題に対して個別の対策を講じることはもちろん大切であり、それは今この瞬間にも困っている人々の不安や苦痛を最小限にするために必要不可欠ですが、これらに共通する潜在的かつ非常に重要な概念として、「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・ライツ(SRHR)」というものがあります。

セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・ライツ(SRHR)とは
セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・ライツは、英語表記でSexual and Reproductive Health and Rights(SRHR)であり、日本語では「性と生殖に関する健康と権利」と訳されるものです。
平易な言葉で表現すれば、表1のようになります。それぞれの要素は当然ながら、部分的に重なっています。

それでは、SRHRは日本において各個人へ十分に提供されているのでしょうか?
冒頭で述べたような社会課題が存在し、海外に比べて明らかに整備が遅れているものがあることを踏まえれば、未だにSRHRが十分に認知され、提供されているとは言い難いと考えられます。
そうなると、このSRHRを社会の中でより充実・向上させていくためには何が必要なのでしょうか。そこで重要となるのが、「包括的性教育」です。日本で多くの人が思っている「性教育」は、「性に関する知識やスキル」として、妊娠・出産の仕組みや避妊、性感染症予防を教える(学ぶ)ことが連想されるかもしれませんが、「包括的性教育」はこれとは大きく異なる概念です。
今回はセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・ライツを中心に解説しましたが、性別や年齢にかかわらず、すべての人にとって大切なものであることや、日本でもまだまだ改善されるべき部分があることを知っていただけたのではないでしょうか。
次回は、「包括的性教育」について詳しく触れていくことにしましょう。どうぞお楽しみに。
参考文献
1. エムスリー総合研究所. ワクチンJAPAN. HPV(子宮頸がん)ワクチン接種率データ. https://vaccine-japan.com/
2. 厚生労働省. 令和5年度 衛生行政報告例の概況. https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/23/
3. 内閣府. 男女共同参画局. 男女共同参画白書 令和5年版. 第5分野 女性に対するあらゆる暴力の根絶. 第2節 性犯罪・性暴力. https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r05/zentai/html/honpen/b1_s05_02.html
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