ことば・日本語

悩める創作者のための 伝わる〈古文〉の書き方
第0回 イントロダクション――本連載の目的・方法・構成――
田中草大

本連載の目的

 本連載は、創作者たる皆さんの次のような要望に応えることを目的にしたものです。

 ●「小説、マンガ、ゲームのシナリオ、キャッチコピーなどに〈古文〉を使ってみたい(古文書、伝説・伝承、呪文ほか)!」
 ●「文語体で詩歌を作りたいけれど、多くの人に意味が通じるように書きたい!」
 

 古文を書く、つまり古典文法によって文章を書く場合、それが私たちにとってある意味「外国語」であるということで、まずは次の問題が生じます。

問題①:文法書を引きながらそれらしく書いてはみても、それで文法的に正しいのか(自然な文章になっているのか)心許ない。

しかし、これよりも大きな問題は、次のものではないでしょうか。

問題②:文法的に正しく「古文」を書いたとしても、受け手に意味が伝わらなかったら本末転倒だ。

 受け手(読者など)が古典文法の知識を一定程度持っているという想定で書くならばあまり問題にはならないのですが、いわゆるマス(大衆)に向けて作品を発信したいという場合は、そうではないでしょう。受け手は古典文法の体系的な知識を持ってはいないという前提で書くことになります。
 意味が伝わらなくては話にならないのですから、問題①よりも問題②の方が優先されるのは当然のことですが、かと言ってそちらばかりに留意していては、単に「ちょっと古めかしい感じの現代文」が出来るだけで、元々想定していたものとは離れたものになってしまいそうです。
 「古典文法の知識がある人が読んでも違和感がないように書く」ことと、「古典文法の知識がない人が読んでも意味が伝わるように書く」ことは、果たして両立可能なのでしょうか?
 本連載では、その微妙な塩梅を創作者(=皆さん)が探るためのアドバイスを行っていきます。

 

本連載の方法

 実は、古典文法によって文章を書く上では、「ここをハズすと一気に不自然になる」ところと、「ハズしてもさほど不自然にはならない」ところとがあります。前者をきっちり押さえつつ、後者を上手く活用することで、上記の《微妙な塩梅》をつかむことができます。
 一例として、「そう思うので」という表現を古文に書き換えるケースを考えてみます。
 「そう思うので」を古文で直訳すると、「かく思へば」になります。
 しかし「思へば」と書くと、読み手は現代語の知識に基づいて《思うならば》の意味に誤解してしまうおそれがあり、また「かく」も意味を理解してもらえない可能性があります(『ツァラトゥストラかく語りき』を知っている人なら大丈夫でしょうが)。
 かと言って、「そう」「~ので」はどちらも古文では全然使われない表現なので、これを文中にそのまま残すと古文らしさが大きく損なわれてしまいます。
 ではどうしましょうか。一案として、「~ば」の代わりに類義の「ゆゑに」を使い、「かく」の代わりに類義の「かのごとく」を使うと、「かのごとく思ふゆゑに」となり、これならば古典文法の専門知識がない人にも「そのように思うので」の意味であることが伝わり、かつ古文としても自然な範疇に収まります[1]。「ゆえに」「かの」「ごとし」は現代語でも古めかしい表現として生きていますが、古文としてもそのまま使えるものです。また、なおも伝わるか不安が残るという場合は「彼(か)の」「如く」「故(ゆゑ)に」のように漢字を活用することで意味の明確さを上げることもできます。
 このように、古典文法の要点をおさえた上で、その知識をもとに語彙・語法や表記のチョイスを検討することで、古典文法から大きく逸脱することなく、古文の専門知識がない人にも意味が通じる文章を作ることができるのです。
 このように本連載では、文法の要点をおさえた上で」「多くの人に意味を理解してもらえる」古文にするためには、どのような調整を施せばよいかという観点から、古典文法のそれぞれの項目について説明していきます。
 「自分の創作物の中で古文を使ってみたい!」「使う以上は、文法的にちゃんとしたものにしたい!」「でも幅広い読者が理解できるものにしたい!」……そんなわがまま(?)に悩まされている創作者の皆様に役立つところがあれば幸いです。

 

本連載の構成

 次のように進んでいく予定です。

 第1回 活用と接続 ――古文を「書く」ための必須概念――
 第2回 動詞(1):二段活用 ――「古文らしさ」を作るキモ――
 第3回 動詞(2):その他の活用 ――意外と現代語に近い部分――
 第4回 動詞(3):活用タイプの識別 ――語ごとに辞書を引くわけにもいかないので――
 第5回 形容詞 ――補助活用はどこで使う?――
 第6回 形容動詞 ――「なり」を活用させられますか――
 第7回 助詞の使い方 ――準体法で古文らしさUP――
 第8回 受身・使役 ――二段活用の復習―― 
 第9回 否定 ――「ず」の活用をマスターしよう――
 第10回 過去・完了(1) ――選択肢は多いけど……――
 第11回 過去・完了(2) ――「し」の使い方――
 第12回 推量・意志 ――選択肢は多いけどpart 2――
 第13回 疑問 ――古典文法そのままだとキビしいかも――
 第14回 命令・当為 ――現代語の語感がよく使えるところ――
 第15回 願望・希求 ――「あなたがここにいてほしい」をどう言う?――
 第16回 可能 ――地味に直訳しにくい――
 第17回 比喩 ――「やう」と「ごとし」の使い分け――
 第18回 強調・詠嘆 ――助詞で強めるか、助動詞で強めるか――
 第19回 条件表現 ――複雑な文を書くための必須知識――
 第20回 敬語 ――現代語の語彙力を活かす――
 第21回 相互承接 ――単語をどの順番で並べるか――

 

【コラム❶】「古文」と「文語文」
 「古文」とは、「古典文法」によって書かれた文章を指しますが、この類義語として「文語文」「文語文法」があります。
 古文と言うと平安時代の『源氏物語』や鎌倉時代の『徒然草』などの印象が強いかと思いますが、実際には明治時代に入っても古典文法によって文章を書くことは一般に行われていました。「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり」で始まる福沢諭吉『学問のすすめ』(1872=明治5年刊(初編))や、「石炭をば早や積み果てつ」で始まる森鴎外の『舞姫』(1890=明治23年発表)は、その有名な一例です。こうした近代の文章を「古文」と呼ぶことにはやや違和感があり、「文語文」という呼び方が一般的です。
 時代によって使用する語彙や文法には変化がありますので、「古文・古典文法」と「文語文・文語文法」を全く同一であるとまでは言えないものの、両者はおおむね同様のものと捉えて差し支えありません。本連載では、より一般的に知られている「古文・古典文法」という用語を使うことにします。
 古文・文語文がどのような性質の文章であるかについて関心がある方は、田中草大「日本語史の研究と「古文」「漢文」―そもそも、古文・漢文って何?―」(『女子大国文』166号、2020年)をご参照ください。

 

【コラム❷】歴史的仮名遣い
 この記事で例に出した「おもふ(思)」「ゆゑ(故)」「やう(様)」は、現代とは異なるいわゆる「歴史的仮名遣い」での表記です。本当は古文だからと言って歴史的仮名遣いで書かなくてはいけないわけでもないのですが、一般的に「古文=歴史的仮名遣い」というイメージがありますし、古めかしさを出すために便利でもありますので、本連載でもこの歴史的仮名遣いを使っていきます。  
 ある単語を歴史的仮名遣いでどう書くかというのは、基本的に現代語から類推することはできず、「前→まへ」「末→すゑ」など、一つ一つ辞書を引いて確認するしかありません。一体どのようにして決まっている書き方なのか?というのはとても興味深い問題ですが、説明しだすと非常に長くなります。関心がある方のために「歴史的仮名遣いとは何か?―を、なるべく分かりやすく丁寧に説き起こす」(『researchmap』「資料公開」、2024年) という文章を書きましたので、よろしければご参照ください。

 


[1]「かのごとく」は「かのやうに」でも古文としてOKなのですが、現代語と共通する「やうに」よりも、「ごとく」の方が古めかしさを出すことができます。

 


著者プロフィール

田中草大(たなか そうた)
京都大学大学院文学研究科准教授。専門は日本語の歴史。主な著書に、『平安時代における変体漢文の研究 』(勉誠出版、2019年)、『#卒論修論一口指南』 (文学通信、2022年)など。
X(旧Twitter): https://x.com/_sotanaka

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