悩める創作者のための 伝わる〈古文〉の書き方
第1回 活用と接続 ――古文を「書く」ための必須概念――
田中草大
- 2025.06.06

まずは理解度チェック
この記事でこれから説明する内容を要約すると、次のようになります。
これらを読んで「あー、知ってる知ってる」と思った方は、この記事を読む必要はありません。次回をお楽しみに!
一方、「……?」となった方は、古文を書くための必須知識が身に付いていませんので以下の記事を熟読してください。
単語を知っているだけでは古文は書けない
古文を書くためには古い日本語の語彙の知識が必要です。例えば、「猫だ。」ではなく「猫なり。」と言うとか、「知らない。」ではなく「知らず。」と言うとかいったことです。
しかし、古い単語を並べさえすれば古文として成立するわけではありません。現代語でも、例えば打ち消しを表す単語は「ない」であると知っていたとしても、「知りない」とか「書かないた」などと書いてしまってはこの単語を適切に使えているとは言えませんよね。「知らない」「書かなかった」のように、前後の文脈に応じて形を変化させなくてはならないわけです。
古文におけるこの変化のさせ方について、”なんとなく”ではなくしっかりと把握するためには、まず「活用」と「接続」という二つの概念について理解する必要があります。
早速、一つずつ見ていきましょう。
1.活用①:活用とは何か
日本語の文法において、一つの単語が文脈に応じてその形を変化させることを活用と言います。
ひらか ない。 ひらきます。 ひらく。 ひらけ ば……
ここでは、「ひらく」という一つの動詞が、さまざまな文脈(「ない」に続く/「ます」に続く/そこで文が終わる/「ば」に続く)に反応して、形を変えて(=活用して)います。
ただし形を変えると言っても、単語の全体が変わってしまうのではなく、後ろの部分だけが変わって前の部分は同じ形を保つのが一般的です。形が変わる部分を活用語尾と呼び、変わらない部分を語幹と呼びます。上の例で言えば、「ひら」が語幹で「か・き・く・け」が活用語尾ですね[1]。
2.活用②:活用する品詞(活用語)
日本語を構成するすべての語が活用をするわけではありません。例えば「いぬ」「電車」のような名詞はどのような文脈でも形を変えませんが[2]、これは古文でも同様です。
活用をするのは、次の品詞[3]です。活用する語のことを「活用語」と言います。
●動 詞 :現代語の例 落ちる(落ちない 落ちて 落ちる。 落ちる時……)
古文の例 落つ (落ちず 落ちて 落つ。 落つる時……)
●形容詞 :現代語の例 白い(白くて 白い。 白い時……)
古文の例 白し(白くて 白し。 白き時……)
●形容動詞:現代語の例 豊かだ (豊かに 豊かだ。 豊かな時……)
古文の例 豊かなり(豊かに 豊かなり。 豊かなる時……)
●助動詞 :現代語の例 -れる(書かれない 書かれて 書かれる。 書かれる時……)
古文の例 -る (書かれず 書かれて 書かる。 書かるる時……)
比べてみると、現代語と古文とで、活用のさせ方には相違点だけでなく共通点もあることが分かります。ただし助動詞は語そのものが現代語に残っていないものが多く(「けり」「き」「つ」「ぬ」「らむ」「けむ」「まし」「まほし」……)、その分学習負担が大きくなります。古文の授業で助動詞が特に大変だったという記憶がある人も多いと思いますが、それはこのことが原因だったのです。
ただし本連載では、古典文法の体系的な知識を持っていない読者にも意味が通じるように書くことを目的にしていますので(「イントロダクション」参照)、一般的な認知度が低そうな助動詞は原則として使わないという方針でやっていきます。
3.活用③:活用タイプと活用形
活用について学ぶ上で少しややこしいことがあります。それは、「活用タイプ」と「活用形」という二つの異なる切り口がある点です。
活用タイプとは、ある語が活用するときの形の変え方を全体的に捉えたもので、「四段活用」「ク活用」「ナリ活用」などがこれに相当します[4]。例えば動詞「落つ」はタ行上二段活用、形容詞「嬉し」はシク活用というように、活用語のそれぞれが、何らかの活用タイプを属性として持っています。いわば、ポケモンがそれぞれ「くさタイプ」「ほのおタイプ」などの属性を持っているのと同様です。
これに対して活用形とは、活用語が文の中に置かれるときに実際に取る形のことで、例えば「ひらく」が持つ「ひらか」「ひらき」のような形のバリエーションそれぞれを指します。最大で次の六つの形があります。
●未然形:打ち消しの助動詞「ず」・意志の助動詞「む」などへ続くときの形。
例 ひらか(-ず) 落ち(-ず) せ(-ず) あら(-ず)
●連用形:接続助詞「て」・過去の助動詞「けり」へ続くときなどの形。
例 ひらき(-て) 落ち(-て) し(-て) あり(-て)
●終止形:文が終止するときなどの形 その1。
例 ひらく。 落つ。 す。 あり。
●連体形:名詞へ続くときなどの形。
例 ひらく(-時) 落つる(-時) する(-時) ある(-時)
●已然形:接続助詞「ども」などへ続くときの形。
例 ひらけ(-ども) 落つれ(-ども) すれ(-ども) あれ(-ども)
●命令形:文が終止するときの形 その2(命令表現)。
例 ひらけ。 落ちよ。 せよ。 あれ。
活用タイプと活用形とは別個に存在するわけではなく、ある語が持つ活用形のバリエーションを一まとまりにして、そこに名前を付けているのが活用タイプです。例えば、「ひらく」の活用形を並べると次のようになります。
この、活用語が取る「(未)か・(用)き・(終)く・(体)く・(已)け・(命)け」という活用形のバリエーション全体を一つのパターンと捉えて、そこに「カ行四段活用」という名前(=活用タイプ)を付けています。逆に、ある動詞Xの活用タイプがカ行四段活用であるという場合、その動詞Xは上の「か・き・く・く・け・け」という活用形のバリエーションを持つことを意味します。
〈落下する〉という意味の動詞が、現代語では「おちる」(=終止形)なのに対して古文では「おつ」(=終止形)であることからうかがえるように、現代語と古文とでは活用の仕方に違いがあります。両者の違いを知っておかないと、古文らしい表現から離れていってしまうのです。
4.接続
活用は主に、ある語が別の語とつながる際に起こります。ここで重要になるのが接続という概念です。
日本語の文法において接続とは、ある単語を文の中に置くとき、 その前の語がどのような活用形を取るかを示すものです。「その前の語が」というのがミソです。例えば、打ち消しの助動詞「ず」を文の中に置くとき、直前の語は必ず未然形の形を取ります。
例:書かず。 →「ず」の直前の「書か」は、動詞「書く」の未然形。
書かれず。→「ず」の直前の「れ」は、助動詞「る」の未然形。
見ず。 →「ず」の直前の「見」は、動詞「見る」の未然形。
見給はず。→「ず」の直前の「給は」は、補助動詞「給ふ」の未然形。
このことを、「「ず」の接続は未然形である」と言うのです。
接続は、先ほどの活用タイプと同じく、それぞれの語が属性として持っています(例えば、助動詞「ず」は未然形接続、助動詞「べし」は終止形接続、というように)。
少しややこしいのは、接続は「前の語がどのような活用形を取るか」という性質なので、その単語自体が活用語であるとは限りません。例えば接続助詞「ども」は已然形に接続しますが(例:開けども)、「ども」自体は活用語ではありません。
特定の接続を要求する品詞はいくつかありますが、特に学習が必要なのは助動詞と助詞です。
5.実際の作文と活用・接続
実際に文を作る際には、以上で見てきた活用と接続の知識が必須となります。なぜかと言えば、文の中に活用語を置くときには、A.「活用形をどれにするか」を決めなくてはならないのですが、活用形を決めるためにはB.「その語の活用タイプは何か」とC.「次に来る語の接続は何か」を知っていなくてはならないためです。
実際に文を作る例によってこのプロセスを見てみましょう。
例:「行った」を古文で書きたい。「た」に当たるのは「けり」だろう。しかし、「行く」と「けり」をどうつなげばよいか。
Q-1:「行く」の形をどうすればよい?(=A)
→ 活用タイプは何?(=B)……「行く」の活用タイプはカ行四段活用。
→ 次に来る語の接続は何?(=C)……次に来る「けり」は連用形接続。よって前の語の「行く」は連用形になる。
= カ行四段活用の連用形は「~き」なので、「行き」と活用させればよい。
Q-2:「けり」の形をどうすればよい?(=A)
→ 活用タイプは何?(=B)……「けり」の活用タイプはラ行変格活用。
→ 次に来る語の接続は何?(=C)……次には何も来ない(そこで文が終わる)。よって「けり」は終止形になる。
= ラ行変格活用の終止形は「~り」なので、「けり」と活用させればよい。
= 以上より、「行く」と「けり」をつなげると、「行きけり。」となる。
活用や接続は、もちろん現代日本語にもあります。よって、上のような複雑な作業を、普段私たちは話したり書いたりするときいつも行っているのです。母語ではこのようなことをほとんど無意識的に行えますが、古文の場合は文法の知識がそこまで身に染み付いていないので、慣れるまでは上のように確認しながら書かないといけないというわけです。
古文を書くためには活用タイプ・活用形と接続の知識が必須であることがお分かりいただけたことと思います。
まとめ
この記事では次のことを学んできました。
以上の理解を基盤にして、次回から古文の作り方についてまずは動詞から説明していきます。
これは別に、古文にあった已然形が無くなって代わりに仮定形が生じたわけではなく、ただ名前が変更されただけで両者は同じものを指しています。
ではなぜ名前が変更されたかというと、已然形の使われ方に歴史的に変化が生じて、「已然」形という名前が相応しくなくなったためです。
「已然」とは、読み下すと「已(すで)に然(しか)り」ということで、〈すでにそうなっている〉という意味です。この名の通り、已然形は「書けば(=書クノデ)」「書けども(=書クケレドモ)」のように、〈すでにそうなっている〉事態の表現に用いられる特徴がありました。
しかし、その後の長い歴史の中で文法の変化があり、今では「書けば」「落ちれば」等と言うとき、それは書クノデ・落チルノデという「已然」の意味ではなく、書クナラバ・落チルナラバという「仮定」の意味になっています。もはや「已然形」という名前は中身と合っていないので、より中身に即した「仮定形」という名前を代わりに当てることになったというわけです。
ちなみに、名前はあくまでも他と区別するためのラベルに過ぎないので、名前がその活用形の特徴を完全に表していると考えるのは誤りです(例えば「終止形」という名前は単にこの活用形が「文を終止するときによく使われる」ことに由来するのであって、厳密には終止形は文の終止以外で使われることもありますし、また文の終止が必ず終止形になるわけでもありません)。
[1]仮名で書くとそうなりますが、ローマ字で書くと「hiraka nai」「hiraki masu」「hiraku」「hirake ba」となり、語幹(=形が変わらない部分)は「ひら」よりも長くhirakであると捉えられます。
[2]次のように名詞も文脈によって形を変えることがありますが、これはふつう活用には含めません。
き(木) → こだち(木立) め(目) → まぶた(目蓋) さけ(酒) → さかな(酒菜=肴)
[3]品詞とは、「名詞」「動詞」「形容詞」「助動詞」など、形態や文法的性質などにもとづいて単語を分類したものを言います。
[4]一般的にはこれも単に「活用」と呼ぶのですが(例:「動詞「落つ」の活用は何?」「タ行上二段活用です」)、それでは分かりにくいのでここでは活用タイプと呼んでいます。
著者プロフィール
田中草大(たなか そうた)
京都大学大学院文学研究科准教授。専門は日本語の歴史。主な著書に、『平安時代における変体漢文の研究 』(勉誠出版、2019年)、『#卒論修論一口指南』 (文学通信、2022年)など。
X(旧Twitter): https://x.com/_sotanaka

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