ことば・日本語

名字・名前と漢字
第5回 漢字圏の名前
笹原宏之

世界の名字・名前事情を踏まえ、名字と名前に使われる漢字のおもしろさに迫っていく本連載。第5回では漢字圏の名前に着目する。

中国の名付け

 中国では、下の名前、つまり名字ではなく個々人に付けられる名前はどうなっているのだろうか。

 歴史的にみると、漢民族は1字の名字に対して名前は1字、後代に2字のものが増え、その中に収まるのが大原則である。名のほかに、幼名、字(あざな。成人後に実名以外に付ける名)、号など、別称をいくつも持つ者も多かった。たとえば、孔子は、名は「丘」(没後は生前の名で呼ぶのをはばかるため諱[いみな]となる)、字は「仲尼(ちゅうじ)」である。彼の子は、王からの贈りものが鯉であったことから、そのまま「鯉(り)」と名付けられた。下って、唐代の詩人白居易を例に取れば、字が「楽天」、号が「酔吟先生」「香山居士」であった。

 古くは、歴史書『春秋』の注釈書『春秋左氏伝』桓公六年九月に、名前の付け方について、「名に五つ有り。信有り、義有り、象有り、假有り、類有り」と魯の国の大夫申繻(しんじゅ)が語ったという記述がすでに見られる(合わせて国名や動物名などは名付けに避けるべきことも語られている)。日本では、これがなぜか姓名判断と称する画数占いの古い根拠の一つとされることがあり、中国にも近年影響を与えているが、もちろんこの当時に漢字は楷書で書かれることはなく、漢字の画数など考えられたわけもないので、運勢に関する言及も同書にはない。

中国でよく名前に使われる漢字

 さて、それでは現代では、どのような名前が多いのであろうか。

 1982年に行われた国勢調査のデータをもとに、北京、上海、遼寧、陝西、四川、広東、福建の全国7つの地域で、17万4900人の人名に用いられた漢字に対する調査が行われた(中国社会科学院語言文字応用研究所漢字整理研究室編『姓氏人名用字分析統計』語文出版社、1991年ほか)。そこでのトップ10は、次の漢字であった。

順位 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
名前

 

草冠の字が多く、中でも「英」は2.096%を占め、つまり延べ50字に1字はこの字が使われていることになる。女性だけに限定すると、「英」は4.023%を占めた。男性に限ると「明」(2.150%)が最多で、次いで「国」が多いことが分かった。男女合計で10位となる「国」で占有率は1.082%、11位以下となると1%を割っている。

 なお、名前でも、北京では「淑」、福建では「麗」、広東では「亜」の人気が高いといった地域差が確かめられた。地域による差が大きいことはつとに知られていて、たとえば、「根」は紹興出身者に多いという。さらに年代による差も生じており、その時代ごとに変化する社会的背景の影響で、政治色の強い名前が現れることも分かった。文化大革命中には、当時の青少年組織「紅衛兵」の影響か、「紅」「衛」「軍」などが増える一方で、「栄」はブルジョア的だとして別の漢字に改めたり、「莉」(中国の民謡「茉莉花[マツリカ]」の1字だが、西洋女性の名前「ジャスミン」の音訳にも使用されていた)も西洋的だとして、同音の「力」に改めたりしたという。近頃では、上記のものに変わって、「娜」「妍」「冬」「琳」「蕾」「静」といったものが増えつつある。「娜」は「婀娜」(あだ。なまめかしく色っぽいさまの意)という語で用いられたとは一般に意識されなくなってきていて、女性の名前の専用字だと多くの人に思われており、アンナのほか、ナウシカなどの西洋風の女性名を音訳する際にも利用されている。

 最近の命名では、男女を合わせると「涵」という字、次いで「宇」という字の人気が高い。名前の最後の字は声調が2声だと響きの上でよいという声もあり、2声の「涵」は、こうした考えに支えられている可能性がある。名付けに選ばれる漢字には性差もあり、たとえば「軍」は男性、「華」「珍」は女性に多いとされるが、もちろん使用頻度の違いに過ぎず、これらの字は実際には男性にも女性にも用いられている。

中国人に多い名前

 2007年以降は、国民の身分証などを管理する公安部が、戸籍・証明書に登録された国民について、毎年、干支にちなんだ漢字を含む名前や漢字の使用数など、極めて興味深いデータを公表し始めている。その2007年、同姓同名が全国で最も多いのは「張偉」(簡体字では「张伟」などとなる)で、29万607人いると公安部は発表した。同姓同名のために、学校のクラス内での混乱、誤認逮捕などが相次ぎ、名前を2字にすることが奨励されているそうだ。なお、これとは別の調査では、「劉波」(簡体字はで「刘:波」)という同姓同名の人が130万人ほどもいるとする報道も2005年にはあった。

   

 中国では、同姓同名の人数と地域、性別、年代、干支、星座などの分布を示すサイトが設けられている。新規の命名で、先に述べたような同姓同名をなるべく避けることが一つの目的なのであろう。

 公安部による発表をさらに調べてみると、2007年時点で最多とされた「张伟」は、さらに増えており、2013年5月31日現在で、29万9025人に達している。ほかに、字体だけ異にする「張偉」も1人、「張伟」も1人、「张偉」は3人いる。

 2011年生まれの名前では、男の子では「浩宇(ハオユー)」(4万6096人)、女の子では「欣怡(シンイー)」(4万352人)がそれぞれ最多で、男女を合わせると「子涵(ツーハン)」が4万7697人でトップとなる。中国の名付けにも、流行がある。

名前にまつわる慣習――中国編

 なお、中国では儒教道徳の影響から、皇帝や親などの名前を書かない避諱(ひき)という慣習があり、親の名前の漢字を子は生涯書くことができなかった。つまり、名前に親の1字を与えることは原則としてなかった。東晋時代の高名な書家王羲之(「蘭亭序」で「之」の字形をすべて書き分けた)のように、時代によっては子に「献之」などと自らの1字を付けるケースがあり、戦乱期などには例外もあった。今日では、漢字圏各国の名前で親の字を使うケースも見られるようになってきたが、日本のような主君からの一字拝領(一字御免、偏名を賜う、とも言う)という慣習は特異である。

 また、中国では唐代から、諱と同じ漢字を使うのをはばかり、漢字の一部を省略する欠筆が行われていた。日本でも欠筆は見受けられ、明治の初めには太政官布告で、仁孝天皇・孝明天皇・明治天皇三代の実名の「恵」「統」「睦」を名前に付けることまで禁じたこともあったが、日本人の心性には合わなかったようである。

中国語圏の珍しい名前

この後で述べる台湾も含め、日本人には変わっているように感じられる中国語圏の名前について、触れておこう。「愚」は、ときおり本名にもそのままの意味で用いられている。甦生、よみがえるの意の「甦」は、生まれたばかりの子に付ける名前としてはどうかと思われるが、台湾の人で使用例を実見した。さらに、「狼」や「糞」のような字の使用例も見つかっており、改名したケースもある。どこの国でも、良くない意味の字を用いて、身体の弱い子供を守る風習があったことと関係するのだろう。日本では、常用平易性だけの観点から「糞」を人名用漢字に採用する案が報道された時、法務省に抗議が殺到し、法制審議会人名用漢字部会はこの案を撤回した。ただし、「狼」は採用されている。

 画数が多い例としては、台湾に、フルネームが「龍[1]という若者がいたという。

 また、各地で、上海の「沪」のような地名の漢字、広東の「奀」「冇」のような方言漢字が使用されるケースもある。発音にも特徴が見られ、「靚」という漢字は、通常のjing4(ジン)ではなく、広東語の影響を受けたliang4(リャン)という発音で人名に使用されている。

 昔から、珍名や奇字による名前も多く知られ、現在でも問題となっている。そのため、中国でも人名用漢字の制定作業は、ここのところ課題とされているそうだが、繁体字や生僻字(使用された記録はあるが頻度が少ない字)、さらには命名権の問題もあって遅れているようで、日本や韓国と異なり公布に至っていない。先頃(8月19日)、国務院から通知された「通用規範漢字表」が人名用漢字の範囲とされるのかが注目される。10字前後の長い命名もまれに見られるそうだが、今は「中華人民共和国姓名登記条例」によって制約を設けている。

 名前のために造字をすることは、三国時代から記録され、さらに遡れば殷代にもそれらしいものが散見される。唐代、権力を握って自ら即位した則天武后が造った文字、則天文字の中に「圀」がある。日本では「徳川光圀」でおなじみの字である。武后の没後に使用禁止の詔が出たのだが、その後に「圀」を用いた例も見つかっている。現代でも「[2][3]「【女+】(女偏に「」[龍の簡体字])」のように造字の使用が見受けられる。

 Chinaから取って「C」という名前を登録できた人もいたが、最近、当局によって漢字に直させられた。IT時代を反映して、「@」なども要望があったという。

台湾人の名前

 台湾当局も、名字だけでなく名前についても積極的に公表を始めた。1字ごとではなく名前単位で調べている点が中国とは異なり、「李登輝」など著名な政治家と同姓同名の人の数まで公開されたが、これによって何か人権を侵すような事態が起こっているとは報じられていない。

 2012年の内政部の統計によると、台湾人男性で最も多い名前は「家豪(ジャハオ)」(1万4229人)で、前年1位だった「志明(チミン)」(1万4022人)を抜いたそうだ。男性では、1960年代から「志」を使った名前が主流となったそうだが、1930~1940年代生まれは、「雄」を使った名前が多かったという。時代を考えれば日本の影響であろう。

 女性は「淑芬(シュウフェン)」(2012年の時点で3万3063人)が前年に引き続き1位となっている。この名前を用いた著名人に画家の陳淑芬がいるが、いかにも台湾の女性らしい姓名だ。女性では、1980~1990年代生まれは「雅婷(ヤーティン)」「怡君(イーチュン)」が多い。大学入試の志願者リストも、よく使われる名前の資料として利用されており、このサイトにあるように、「菜市場名」(市場で呼ぶと返事をする人が多い名前)として発表されることがある。

韓国人の名前

 韓国では、もともと固有語による名前が用いられていたが、4世紀の三国時代のころから中国風の漢字名が用いられるようになった。元代のころには、支配層となったモンゴル人のような名前も付けられていた。

 現在でも、「ハヌル」(空)「セリ」(特定の意味を持たず、該当する漢字表記がないという)など固有語による名前も残っているが、そこにハングルではなく、漢字が音読みで当てられることもある。固有語による長い名前、漢語と固有語からなる名前(「世乭」。乭はトルと読み、石を意味する韓国の国字)や西洋風の名前、ダブルミーニングによる名前も見られる。

 かつて、李應百氏が1970年刊のソウル市内の電話番号簿を調べた調査結果を見たことがある。この調査結果では、上位10字は次のようになっていた。

順位 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
名前

 トップ10には、儒教の徳目のような漢字が並ぶ。韓国の現代の若者から見ると、やはり一昔前の名前と感じるそうだ。がっちりとした字、縦長の字や左右対称の字も目立つ。中国での流行とは重ならないものがあるが、「珍」「玉」は、貴重な、すぐれたといった中国の字義とニュアンスを保持しており、日本と違って人気が集まる。

 トップ10のリストからも分かるように、美人大国と一部で称されるほどの「美」への希求の高さが、名前の漢字選びにも現れている。一方、女性には、「英子(ヨンジャ)」など「~子(ジャ)」のような日本風の命名もしばらく残った。創氏改名の影響が大きかったのだろう。「子」は、そのほかにも「蓮子」「花子」のように日本の影響で一時期多かったのだが、近年は激減した。

 大法院(最高裁判所)の統計によると、2004~2007年生まれでは、男子は「ミンジュン」(2304人。「ミン」は民・敏・閔、「ジュン」は衆・中・重などと表記)、女子は「ソヨン」(2892人。「ソ」は叙・瑞、「ヨン」は妍・娟などと表記)といった名前に人気が出ている。漢字表記は、戸籍には登録されている人がなおも多いが、日常生活では意識されなくなっている。北朝鮮では戸籍に相当するものからも漢字表記は消えたようで、その傾向が一層強いようだ。日本でも人気の若い女性歌手グループ、少女時代やKARAのメンバーの名前を見ると、「妍」(ヨン。日本の漢字音ではケン)という字に人気があることがうかがえる。この字は美しいという意味を持ち、「妍を競う」などと使われる字であり、やはり美への志向が強いことが見て取れる(日本では、自分の名前の漢字「美」を人に説明するのが恥ずかしいという声をよく聞くのだが)。

 韓国から来た女子留学生からは、発音、つまり響きが可愛い名前に人気があるという話を聞く。日本と同じように、儒教道徳など既存の価値観や慣習の影響から脱し、個々人の感覚へとシフトしているようだ。日本の韓流(はんりゅう)好き女子学生からも、日本にはない音で可愛い、という声を聞く。

名前にまつわる慣習――韓国編

 韓国での名付けの慣習について触れると、陰陽五行説に基づいて同じ世代の男子が同じ文字を共有する「行列字」は今でも見られる。「木・火・土・金・水」の含まれる漢字を共有し、子孫に(次の世代に)順に付けていくのである。確かに「柱」「炅・煕」「垠・在」「鎬」「洙・泰」といったそれらを含む漢字は、よく名前に見かける。「洙」は「水」としても「木」としても用いられた。「木・火・土・金・水」に限らず、一族のうち同世代の者たちが漢字や部首を共有する命名(「系字」と言う。飯沼賢司「人名小考-中世の身分・イエ・社会をめぐって-」『荘園制と中世社会』、東京堂出版、1984年を参照)も根強い。また、僻字、つまり滅多に使われない字や造字も見受けられる。日本のように、親の1字を受け継ぐという習慣はもともと一般的でなく、中国と同様にむしろ忌避された。先祖代々の老舗を継ぐということがまれなこの国の状況を、名前がよく表していると言える。常に新しいものが注目されるのである。ただ、行列字のような一族ごとの名付けの規則は、次第に守られなくなってきたという。

 日本より後に、人名用漢字が大法院によって制定され、追加を重ねて日本よりも多くの漢字が認められている。正式には漢字名を使うが、日常では民族の文字のハングルで表記するという、現代の韓国人の複雑な意識がうかがえる。文字コードの関係もあるのか、「笹」「躾」のような日本製漢字も混ざっていて、実際に使用されることもある。

 「犯」が「聖犯」などと名前に使われるのも韓国の特徴で、これは人は原罪を抱えているというキリスト教の考えによるものだそうだ。仏教徒よりもキリスト教徒の多い社会だからこそのことであろう。

 「喆」は「哲」の異体字であるが、二重のおめでたを意味する「囍」に似たこの字はことに韓国で人名に好まれている。左右対称の字を特に好んできたことと関連するのかもしれない。珍しくこの字を名前に持つ中国人は、中国国内で韓国人と間違われていた。「姫」「性」「眠」など、他国ではあまり多く使われない字もこの国では目にする。

 さて、次回からは、いよいよ日本の名字について、どのような特徴があるのか述べていきたい。

 

《注》
注を付けた漢字は環境によっては表示されないことがあります。

  • [1] 3文字の名前で、「龍」【「龍」四つ】【「龍」四つ】。
  • [2] 【女+夏】(女偏に「夏」)。
  • [3] 【女+强】(女偏に「强」)。

 

著者プロフィール

笹原 宏之(ささはら ひろゆき)

1965年東京都生まれ。  早稲田大学第一文学部で中国語学を専攻、同大学院では日本語学を専攻。博士(文学)。早稲田大学社会科学総合学術院教授。  経済産業省の「JIS漢字」や法務省法制審議会の「人名用漢字」の改正、文部科学省文化審議会の「常用漢字」の改定などにも携わる。  著書に『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂、金田一京助博士記念賞)、『訓読みのはなし』(角川ソフィア文庫)、『方言漢字』(角川選書)、『漢字に託した「日本の心」』(NHK出版新書)、『漢字の歴史 古くて新しい文字の話』(ちくまプリマー新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)など。

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