ことば・日本語

名字・名前と漢字
第4回 ローマ字圏の名前
笹原宏之

世界の名字・名前事情を踏まえ、名字と名前に使われる漢字のおもしろさに迫っていく本連載。前回までの名字から名前へと話題を移し、第4回ではローマ字圏の名前に着目する。

アメリカ人の名前ランキング

 ここまで、いくつかの主要な国の名字について、その実態を紹介してみた。それでは、個々人の名前(first name。日本では下の名前)のほうはどうなっているのだろうか。ここからは、名前について諸外国の実状を押さえてみたい。

 数字の国アメリカ合衆国での、政府による統計の実施と一般への公開は、名字(第1回参照)だけでなく、ファーストネームにも及んでいる。

 アメリカ合衆国社会保障局が公開している「Top 5 Names in Each of the Last 100 Years」によると、子供への名付けで人気のあるものは、次のランキングのようになっている。元データの100年分の統計からほぼ四半世紀ごとに区切って抽出してみたが、アメリカでも、名前には流行があることがうかがえる。

【女性】
順位
2012 1988 1963 1938 1913
1 Sophia
(ソフィア)
Jessica
(ジェシカ)
Lisa
(リサ)
Mary
(メアリー)
Mary
(メアリー)
2 Emma
(エマ)
Ashley
(アシュリー)
Mary
(メアリー)
Barbara
(バーバラ)
Helen
(ヘレン)
3 Isabella
(イザベラ)
Amanda
(アマンダ)
Susan
(スーザン)
Patricia
(パトリシア)
Dorothy
(ドロシー)
4 Olivia
(オリビア)
Sarah
(サラ)
Karen
(カレン)
Betty
(ベティ)
Margaret
(マーガレット)
5 Ava
(エヴァ)
Jennifer
(ジェニファー)
Linda
(リンダ)
Shirley
(シャーリー)
Ruth
(ルース)
【男性】
順位
2012 1988 1963 1938 1913
1 Jacob
(ジェイコブ)
Michael
(マイケル)
Michael
(マイケル)
Robert
(ロバート)
John
(ジョン)
2 Mason
(メーソン)
Christopher
(クリストファー)
John
(ジョン)
James
(ジェームズ)
William
(ウィリアム)
3 Ethan
(イーサン)
Matthew
(マシュー)
David
(デービッド)
John
(ジョン)
James
(ジェームズ)
4 Noah
(ノア)
Joshua
(ジョシュア)
James
(ジェームズ)
William
(ウィリアム)
Robert
(ロバート)
5 William
(ウィリアム)
Andrew
(アンドルー)
Robert
(ロバート)
Richard
(リチャード)
Joseph
(ジョゼフ)

 

こうした時代による命名の変動を総合した、ある時点での名前の使用割合もちゃんと公開されている。アメリカの全人口のうちでよく使われている名前は、1990年の段階では、下記のようになっていた(アメリカ合衆国国勢調査局のサイトより)。

【女性】
順位 名前 占有率 占有率累計
1 Mary
(メアリー)
2.629%  2.629%
2 Patricia
(パトリシア)
1.073%  3.702%
3 Linda
(リンダ)
1.035%  4.736%
4 Barbara
(バーバラ)
0.980%  5.716%
5 Elizabeth
(エリザベス)
0.937%  6.653%
6 Jennifer
(ジェニファー)
0.932%  7.586%
7 Maria
(マリア)
0.828%  8.414%
8 Susan
(スーザン)
0.794%  9.209%
9 Margaret
(マーガレット)
0.768%  9.976%
10 Dorothy
(ドロシー)
0.727% 10.703%
【男性】
順位 名前 占有率 占有率累計
1 James
(ジェームズ)
3.318%  3.318%
2 John
(ジョン)
3.271%  6.589%
3 Robert
(ロバート)
3.143%  9.732%
4 Michael
(マイケル)
2.629% 12.361%
5 William
(ウィリアム)
2.451% 14.812%
6 David
(デービッド)
2.363% 17.176%
7 Richard
(リチャード)
1.703% 18.878%
8 Charles
(チャールズ)
1.523% 20.401%
9 Joseph
(ジョゼフ)
1.404% 21.805%
10 Thomas
(トマス)
1.380% 23.185%

 

 少し古いデータではあるが、これによると、アメリカ人は男性のだいたい30人に1人がジェームズさん、女性の約40人に1人がメアリーさんということになる。

ローマ字圏の名前の由来

 ランキングに出てくる名前の由来としては、John、Michael、Maria など、聖書の登場人物から採られたものが目立つ。

 ヨーロッパに目を向けると、先日、イギリス王室のウィリアム王子とキャサリン妃の間に生まれた男児は、「ジョージ・ アレクサンダー・ルイ(George Alexander Louis)」と名付けられた。イギリス国内では誕生前に、その名前について賭けが行われるほど盛り上がっていた。「ジョージ」が最有力視され、「ジェームズ」「アレクサンダー」などにも人気が集まったが、逆にいうと予測が可能な命名習慣のあることを反映している。この「ジョージ」は、チャールズ皇太子のフルネームにも含まれ、エリザベス女王の父ジョージ6世につながるものとみられる。ハノーバー朝においてジョージ1世(1714年即位)が用いてから、「ジョージ」は王室で最もよく用いられてきた名前であった。「アレクサンダー」は、女王のフルネームに含まれる「アレクサンドラ」の男性形で、「ルイ」はウィリアム王子のフルネームにも含まれ、女王の夫フィリップ殿下の母方の祖父の名前だったそうだ。もとより歴史と伝統を重んじる国であるが、さすがに王室も祖先、一族の名前を継承していることがうかがえる。

 イギリス王室では、キリスト教徒の名前を三つ以上重ねることになっている。そのため男児も「ジョージ・ アレクサンダー・ルイ」と名付けられたわけだが、その中の「ジョージ」は、古典ギリシア語における人名「ゲオルギオス」(「Γεώργιος」、ローマ字では「Georgios」)にさかのぼる。「大地で働く人」つまり「農夫」を意味し、古代ローマの人物ゲオルギオスがキリスト教の聖人となったことにより広まった。ドイツ語では原音に近く「ゲオルク(Georg)」(さらに変形し「ユルゲン[Jürgen]」ともなる)だが、フランス語では「ジョルジュ(George)」、スペイン語では「ホルヘ(Jorge)」などと変わっている。西アジアの北端にある「グルジア」(かつてはソ連内の共和国だった)という国名もその聖人の名を起源とするとされ、英語名に従って「ジョージア(Georgia)」への変更を日本政府に求めている。アメリカ合衆国の「ジョージア」州も、イギリスの国王だったジョージ2世の名に由来し、そこからさらに社名などが派生している。

 なお、先に挙げた妃の名前「キャサリン(Catherine)」についても記しておくと、フランス語では「カトリーヌ(Catherine)」、ロシア語では「エカテリーナ(Екатерина、ローマ字では Ekaterina)」が対応する。

 さらにヨーロッパ大陸へ目をやると、たとえばフランスでは、かつてはキリスト教の聖人名から名前を選ぶことが法律によって義務づけられていた。カトリックの暦では、365日の各日が特定の聖人の記念日とされており、このカレンダーにある聖人名から命名しなければならなかったのだという。

ローマ字圏の珍しい名前

 欧米では、ときおりとても長い名前の人がいると話題になる。確実性の高いものでは、1904年にドイツ・ベルゲドルフに生まれ、フィラデルフィアで暮らしていたアメリカ人に、

Adolph Blaine Charles David Earl Frederick Gerald Hubert Irvin John Kenneth Lloyd Martin Nero Oliver Paul Quincy Randolph Sherman Thomas Uncas Victor William Xerxes Yancy Zeus Wolfe-schlegelstein-hausenberger-dorffvoraltern-waren-gewissenhaft-schaferswessen-schafewaren-wohlgepflege-und-sorgfaltigkeit-beschutzen-von-angreifen-durch-ihrraubgierigfeinde-welche-voraltern-zwolftausend-jahres-vorandieerscheinen-wander-ersteer-dem-enschderraumschiff-gebrauchlicht-als-sein-ursprung-von-kraftgestart-sein-lange-fahrt-hinzwischen-sternartigraum-auf-der-suchenach-diestern-welche-gehabt-bewohnbar-planeten-kreise-drehen-sich-und-wohin-der-neurasse-von-verstandigmen-schlichkeit-konnte-fortplanzen-und-sicher-freuen-anlebens-langlich-freude-und-ruhe-mit-nicht-ein-furcht-vor-angreifen-von-anderer-intelligent-geschopfs-von-hinzwischen-sternartigraum, Senior

   

という人がおり、『ギネスブック』に「世界一長い人名」として登録されていた。合計746字である。ふだんは通称の「Wolfe」(ウルフ)を用いて、その後、「Wolfe+585, Senior(ウルフ+585・シニア)」というアラビア数字やハイフン、カンマという記号さえも含まれた短縮したものに改名し、1985年に亡くなった。アルファベット順に並ぶ「Adolph」から「Zeus」までが名前で、「Wolfe」以降が名字だという。改名後の「585」という数字は、「Wolfe-schlegelstein-hausenberger-dorff」の後に続くアルファベットの文字数である。

 英語圏では、意外な名前も付けられようとしている。今年5月のCNNの報道によると、ニュージーランドでは、「ルシファー」という悪魔の名前や「*」(「スターシンボル」と読ませようとした)、「.」(「フルストップ」と読ませようとした)、「4 Real」などが却下されている。

 英語圏から出ても、珍しい名前の話題は、ときおり報じられることがある。1996年には、スウェーデンの夫婦が同国の名前に関する法律に抗議して、その子供に、

 Brfxxccxxmnpcccclllmmnprxvclmnckssqlbb11116

と命名した。「アルビン」と読むそうだが、登録は却下された。

 かつてキリスト教の聖人名に基づく命名が一般的であったローマ字圏では、こうした極端なケースを始めとして、名前の多様化が進んでいるようである。次回は、漢字圏の命名事情について見ていきたい。

 

著者プロフィール

笹原 宏之(ささはら ひろゆき)

1965年東京都生まれ。  早稲田大学第一文学部で中国語学を専攻、同大学院では日本語学を専攻。博士(文学)。早稲田大学社会科学総合学術院教授。  経済産業省の「JIS漢字」や法務省法制審議会の「人名用漢字」の改正、文部科学省文化審議会の「常用漢字」の改定などにも携わる。  著書に『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂、金田一京助博士記念賞)、『訓読みのはなし』(角川ソフィア文庫)、『方言漢字』(角川選書)、『漢字に託した「日本の心」』(NHK出版新書)、『漢字の歴史 古くて新しい文字の話』(ちくまプリマー新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)など。

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