ことば・日本語

名字・名前と漢字
第9回 民間の名字ランキング ――日本に多い名字とは?(4)
笹原宏之

世界の名字・名前事情を踏まえ、名字と名前に使われる漢字のおもしろさに迫っていく本連載。第9回ではコンピュータ時代の到来を受け、さまざまな企業・個人がデータを使って算出した名字ランキングの軌跡をたどる。

「姓名は生命」の時代へ

 前回示した佐久間ランキングは、名字の研究に一時代を築いた佐久間英が家族ぐるみで作成した手作りの成果である。佐久間は、「お名前博士(はかせ)」として知られたが、学位は医学博士(はくし)であり、都内で開業する歯科医だった。名字そのものを専門として研究する者は、学者であっても、アカデミズムには身の置き所がなかなかない状況は、今も昔も変わりはないのである。

 ともあれ、その公開を契機として、生命保険会社各社が、自社の顧客データから、上位の大姓(数が多い姓)について同様の集計を、こぞって公表するようになっていく。姓名は生命(保険会社)という世の風潮を生み出す起爆剤となった点でも、佐久間はエポックメイキングといえる存在だった。

 無論、サンプリングに偏りを排除しきれるわけではなく、なおも隔靴搔痒の感は拭いきれないのだが、情報化時代の幕開けにより、必要に迫られて推進された電子化事業の晴れやかな副産物とはいえるだろう。

 なお、それ以前に、日本工業規格としてJIS漢字の第1・2水準を制定する際にも、生保各社の人名データは利用されていた。日本生命の「漢字コード表」(1967年2月)には2,628字(うち、『新字源』に収録されていないものが8字)、同じく日本生命の「収容人名漢字」(1973年8月)に3,044字(同じく160字)、明治生命(当時)の「漢字コード表」(1971年6月)に5,355字(同じく443字)が収集されていたと、JIS漢字の規格票には記録されている。

 実際に、「日本生命収容人名漢字」は、『行政情報処理用標準漢字選定のための漢字の使用頻度および対応分析結果』とよばれるガリ版刷りの資料に転記され、JIS漢字における第1水準・第2水準の字種の選定に大きく関与したという(『増補改訂 JIS漢字字典』日本規格協会、2002年)。ただ、その字種は、残念なことに契約者の名字や名前の漢字を網羅したものではなかったようで、秋田に多い名字「草彅」の2字目などは収められていなかった。この漢字は第3水準が制定されるまでJIS漢字に入らなかったために、ネット上などで今も外字扱いされる悪弊が続いてしまっている。

生保データ分析の嚆矢

 第一生命の宮本外茂次(ともじ)は、『言語生活』118号(1961年)掲載の座談会「人名の索引に困っている」において、被保険者約750万件のカードの中で「佐藤三郎」という同姓同名が600名近くいると述べており、こうした集計や情報の整理がそのころ、社内では行われていたことをうかがわせる。

 日本ユニバック(現日本ユニシス)の田中康仁は、コンピュータを用いた先駆的な調査を、「日本人の姓と名の統計」(『言語生活』254号、1972年)と「日本人の姓と名に使われる漢字」(同267号、1973年)において公表した。当時存在した東邦生命と第百生命の、カタカナで記された名字のファイルに統計的処理を行った結果、日本全国で6万以上の名字があると推定できること、また、佐久間ランキングや電話帳などの分析から、名字に使われる漢字3,000種ほどで人口の99%を覆いうることなど、興味深い数値が挙げられている。そして、国が予算や組織を準備すれば十分な研究が行えるだろうが、自分のようなコンピュータ会社の人間による調査では限度があるとの嘆きも記されている。サンプルとして使用した被保険者、契約者は、男性に偏りがあることもみずから指摘している。

 ただ、これらのデータでは、同じ人物が一人で複数の保険会社の名簿や電話帳、つまり複数の標本に名を出してしまい、重複してカウントされるケースも起きうるものだった。また、細かな集計・調査の方法が明確ではなかった。日本ユニバックの調査は、後に在野の研究者たちの成果も加えて、『日本の苗字』(日本経済新聞社、1978年)として刊行されるが、印字できない漢字を含むものは除外する措置が取られてしまう。

朝日生命ランキング

 それでは、データによる人名調査で明らかになったランキングを見てみよう。1976年4月5日付「日本経済新聞」に、「できたぞ氏名番付」という記事が載った。そこでは、当時朝日生命で原簿課長を務めていた松本明が、約1,000万人の氏名をカードからコンピューターに入れて分析した結果が公開されている。コンピュータへの入力にあたってはカナを漢字に変換するテーブルを用いたとのことであり、ついに漢字表記の顧客データに基づく集計が世に示されることとなった。そしてまた、「鈴木」よりも「佐藤」のほうが多いらしいことが明らかになった。

 「鈴木」よりも「佐藤」のほうが多いということで、前回見た佐久間ランキングとは1位・2位が入れ替わっている。「鈴木か、佐藤か」という問題は、なかなか一筋縄ではいかない。ベスト10は以下のようになっていた。

順位 名字
1 佐藤
2 鈴木
3 高橋
4 田中
5 渡辺
6 伊藤
7 小林
8 中村
9 山本
10 加藤

 

名字は約6万5,000種、「神戸」をコウベ・ジンコ、「長田」をオサダ・ナガタなどと読みで区別すれば約11万4,000種だという。これは、日本ユニバックによるその後の調査でも、近い数値が得られている。

第一生命ランキング

 1987年には、第一生命広報部が編んだ『日本全国苗字と名前おもしろBOOK』(恒友出版)が出版され、そこに新たな上位200位までのランキングが掲載された。これは、元のデータがなおもデータの移行期にある時代を反映してカタカナであったため、イトウは「伊藤・伊東」と統合されてしまっている。ほかにも「斎藤」(齋藤)と本来別字の「斉藤」(齊藤)はもちろんだが、「山本」「山元」なども同様に処理されたはずである。

 先の佐久間は、異体字を統合し、異読みも統合したが、こちらのランキングでは後者を分けている。そして、ここには返還後(1972年5月復帰)の沖縄県のデータも含まれているとのことで、沖縄県に多い「仲村」が「中村」に統合されるといったケースもそこそこあったことだろう。

 1986年3月31日時点での全契約者に限定されているが、1,000万人を超して1,109万8,833人という、日本の総人口の1割に達するサンプル(2件以上の個人保険に加入している人をまとめると832万人)に基づく調査結果は、「佐藤」の優位をより一層印象づけた。

順位 名字 1,000人
あたり
1 佐藤 15.83人
2 鈴木 13.32人
3 高橋 11.32人
4 田中 10.61人
5 渡辺 10.07人
6 伊藤・伊東  9.50人
7 中村  8.64人
8 山本  8.56人
9 小林  8.12人
10 斎藤  7.99人

 

 同じ生保のデータであっても、契約者によって5・6位以下に揺れが生じていることが分かる。社ごとに顧客の多い地域などの差も影響したためであろう。

 朝日生命ランキングと同様「佐藤」が1位だが、こうした調査ごとに誤差は避けがたく生じるものである。だが、この誤差をとらえて、世上では、佐藤さんの人口が増えた、鈴木さんを抜いたという話まで生み出されてしまうことになる。なお、興味深い逸話らしきものとして、5位の渡辺姓について、人名研究で知られる丹羽基二は、渡辺姓には概して子が多く、人口が他の名字よりも増えつつあると著書に記していた。

明治安田生命ランキング

 近年も、名前の集計を公表している明治安田生命が、契約者611万8,000人を対象にして調べた上位ランキングを明らかにした(2008年発表。http://www.meijiyasuda.co.jp/profile/news/release/2008/pdf/20080924.pdf ※PDFファイル)。やはりトップは「佐藤」で、全契約者に占める割合は1.57%に達し、「鈴木」の1.50%を抑えている。ただし、先に述べたように契約者の地理的な偏りによって、「鈴木」の比率も変わってくるだろう。この比率を日本の総人口に当てはめると、それぞれ199万人、190万人と、結構な差のあることがうかがえる。生保各社の得意な地域、つまり契約者の地理的な偏りはどの程度のものかによって、「佐藤」「鈴木」の比率も変わってくるのだ。

順位 名字 占有率 推定人口
1 佐藤 1.57% 約199万人
2 鈴木 1.50% 約190万人
3 高橋 1.16% 約147万人
4 田中 1.06% 約134万人
5 渡辺 0.95% 約120万人
6 伊藤 0.91% 約115万人
7 中村 0.85% 約108万人
8 小林 0.84% 約106万人
9 山本 0.81% 約102万人
10 加藤 0.73%  約92万人

 

 この明治安田生命の調査では、都道府県別の名字ランキングも明らかにされた。宮崎県の「黒木」と沖縄県の「比嘉」だけが、全国では上位100位以内に入っていない名字にもかかわらず、県内で1位となっている。

 同社は、2013年12月にも、約596万人の契約者について同様の調査を行い、公表している(http://www.meijiyasuda.co.jp/profile/news/release/2013/pdf/20131211_01.pdf ※PDFファイル)。ベスト10の順位は5年前と同じだったものの、「佐藤」が1.54%で推定人口196万人、「鈴木」が1.47%で同じく186万人となっており、人口は当然だが、比率も、同じ社であっても時代によって変動のあることが分かる。東北や関東に多い両者ともに減少しているのは、東日本大震災で被災された方々の状況と関わっていると推測できる。

 それにしても、日本の文化や歴史、そして社会を表す名字の大勢に関して、こうした民間各社の顧客情報に頼るしかない現状は、これまで本連載で見てきた、アメリカ(第1回)、中国(第2回)、韓国(第3回)など、他国の公式な統計やその公開の実情と比べた時に、お寒い感じを免れない。

電話帳に基づくランキング

 一方で、日本電信電話公社(電電公社)やそれを受け継ぐNTTが発行する200冊にものぼる電話帳も、名字や名前の一大資料である。しかも、無償で配布されており、全国分を入手することも可能である。

 そこに印刷された細かな活字をもとに、名字に関してはじき出されたランキングも現れるようになった。手作業により各種の集計を試みる人たちもあったが、その後、3,000万件余りを収めた電話帳が他の各社によってCD-ROMとなって販売されるようになり、それに基づく調査結果が次々と公表されるようになったのである。

 ただし、ここでも資料性と内容には制約がつきまとう。電話帳には氏名を掲載しない人も多い。明治以来、昭和初めまでの電話は、多くは都市部の住民のためのものであり、電話帳も同様であった。それから次第に全国に普及していったものだが、近年、迷惑電話やプライバシーの侵害が増加したため、とくに都市部では掲載率が低下した。ことに若年女性の掲載は以前から少ない。

 その一方で、外国人や本名以外の芸名なども載るほか、字体が整理されてしまっている。そして、読みがほぼ不明確なのである。また、印刷物やデータの常として、誤植も全くないわけではない。CD-ROM化された際のデータにも、種々の制約が加わって精度上の問題が残る。さらに近年では、固定電話から携帯電話への移行も急速に進んできた。ハローページのみ掲載をするという例もある。こうした資料的な限界は避けがたいのだが、母集団が大きいだけに、大体の傾向はつかむことができる。

 熊本県在住の名字研究家村山忠重が、電話帳データを用いて3万位まで集計した「村山ランキング」(『別冊歴史読本 日本の苗字ベスト30,000』新人物往来社、2003年所収)は、一民間人の手で行われたものとしては、現時点で最後の大規模な人名調査である。そこでは、人数ではなく電話帳に掲載されている名字の件数が明らかにされた。世帯数を推定しうる資料といえるだろう。ただし、先に述べたように、字体の整理(例えば「﨑」と「崎」は統合されている)や、読みが不明といった問題は残されている。「村山ランキング」のベスト10と合わせ、調査方法に違いはあるが、これまで見てきたランキングの順位も掲げておこう。

順位 名字 件数 佐久間 朝日 第一 明治
安田
1 佐藤 456,430件 2 1 1 1
2 鈴木 403,506件 1 2 2 2
3 高橋 335,288件 6 3 3 3
4 田中 314,770件 3 4 4 4
5 渡辺 256,706件 5 5 5 5
6 伊藤 255,876件 9 6 6 6
7 山本 254,662件 4 9 8 9
8 中村 249,509件 8 8 7 7
9 小林 241,651件 7 7 9 8
10 加藤 203,101件 11 10 11 10

 

 「加藤」に代わって「斎藤」が10位に入るかどうかを除いては、上位に来る名字にそれほど大きな差のないことがわかる。

 現在、ウェブ上には、同様の方法によって集計したランキングが数種公開されている。やはり10位に「斎藤」を入れるもの、また、5位・6位が逆転しているものもあるが、電話帳データによるものは、ほとんどこのような順位だ。件数から独自に人数を算出しているランキングもある。多少の誤差は免れないが、「佐藤」「鈴木」の総人口は、ぎりぎりで200万人には達していないようである。

人名によく使われる漢字

 JIS漢字を集めた『JIS漢字字典』(初版。日本規格協会、1997年)でも、電話帳をもとに人名に使われる漢字を集計した結果を公表していた。それによると、NTT電話帳(ハローページ、1996年)の電子データ3,127万1,136件においては、名字は16万598種(漢字表記と読みごとに1種としたもの)、名前は82万8,044種(同)となっていた(同書所収のコラム17)。使用漢字は5,159種だが、ただし、これらは、数千種にのぼる外字を除いた数値である。ここでも、やはり「佐藤」が約48万件で、最多であったという(同コラム35)。

 それでは、人名によく使われるのは、どの漢字なのだろうか。登録された名字の中で、多く使われた漢字は以下のとおりであった(同コラム17)。

順位 名字 件数
1 4,641,468件
2 2,255,121件
3 2,194,126件
4 1,686,896件
5 1,627,817件

 

 ほかに、「本」「村」「井」「中」「木」「小」「原」も、100万件を超えていた。これによると、7人に1人は、名字に「田」を含むことになる。わずかではあるが、「田」1字で「デン」や「た」と読ませる名字さえもある。ここからは名字には自然を表す漢字が多用されていることがわかる。地名から来たものが多いとされるが、実数はなおも不明である。

 国の無策に対するこうした民間の努力は讃えられるべきものである。しかし、前述した対象の性質から調査には限界がある。結果も努力の割に限定的なものとならざるをえない。名字を文化的な事象としてとらえ、周知させる義務が本当に国にはないのだろうか。社会や人間の動態を知る上でも重要であり、電子政府を構築する上で、行政上必要かつ意味のある情報であるはずである。やはりアメリカや中国、韓国レベルの、国による調査が求められるといえよう。

 

著者プロフィール

笹原 宏之(ささはら ひろゆき)

1965年東京都生まれ。  早稲田大学第一文学部で中国語学を専攻、同大学院では日本語学を専攻。博士(文学)。早稲田大学社会科学総合学術院教授。  経済産業省の「JIS漢字」や法務省法制審議会の「人名用漢字」の改正、文部科学省文化審議会の「常用漢字」の改定などにも携わる。  著書に『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂、金田一京助博士記念賞)、『訓読みのはなし』(角川ソフィア文庫)、『方言漢字』(角川選書)、『漢字に託した「日本の心」』(NHK出版新書)、『漢字の歴史 古くて新しい文字の話』(ちくまプリマー新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)など。

 

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