ヒューマンドラマ

きれい、ちかい、やすい
仲島正教

 夏休み直前に私は全校生に向かってこう言います。
 「きれい、ちかい、やすい」
 この合言葉は学校のプールのことです。学校のプールは水質管理がしっかりされていていつもきれいです。それに家から近いです。そして無料なのですから、こんなにいい条件はありません。
 「きれい、ちかい、やすい」
 「みんな学校へおいでよ~」
と子どもたちに呼びかけるのです。
 おかげで夏休みのプールは大盛況です。7月末までのプールは芋の子を洗うほどです。8月上旬からは地域の人によってプール開放が行われます。この頃になると帰省する子や旅行に行く子も出てきて、プールはだんだん空いてきます。そしてお盆休みがあり、お盆明けのプール開放にはまた子どもたちの歓声が戻ってくるのです。それは8月末まで続きます。夏休みのプールは大忙しです。
 9月の水泳の授業は夏休みの成果の見せ所です。7月にはたった5mだった子が「先生、ボク25m泳げるようになったよ」と真っ黒な顔からキラキラした目を輝かせてくれます。水泳記録会に出場した子は表彰状を誇らしく見せてくれます。そして最終日は遠泳大会(30分泳)です。オーバーフロー閉めて水深を20cmほどあげて、プールをぐるぐる泳ぎ回ります。泳ぎ切ったあとは給食の調理員さんが作ってくれた温かい飴湯です。これが格別に美味しいのです。
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 若い時代の夏休みは、プール一色でした。体育主任として指導も運営も任され、毎日プールに出ていました。学校のプールは「きれい!」と宣言していますので、水質管理にも神経を使っていました。普段は機械室から薬品を自動で流し、残留塩素濃度を保つようにしていますが、プールは生き物です。気温の変化でちょっと目を離したすきに緑色に濁ったりするのです。そんな状況を見て、錠剤を投入して調整するのです。プールも我が子のようでした。
 そんな時代がとても懐かしく思えます。かつては、日焼けして真っ黒になることが元気印のようにいわれていましたが、今では日焼けしないようにラッシュガードを着てプールに入る子どもも増えました。水泳の授業も1学期で終了し、9月の水泳はない学校も多くなりました。夏休みのプール開放も減りました。プールの地域開放も救助員の資格等の問題で運営が困難になってきました。夏休みのプールは減る一方です。これも時代の流れなのでしょう。
 「昔はよかったなあ」と私のおじいちゃんがよく話していましたが、今自分がおじいちゃんになって同じことを言っています(笑)。
 とうとう高校の水泳でも飛び込みスタートは禁止になるかもしれません。小中で禁止なら高校でもそうなるのは仕方ないでしょう。でも今さらですが、小学校でしっかり教えたら、飛び込みはとっても楽しいものになるのになあとおじいちゃんは思っているのです。
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 夏休みのプールで思い出したことがありました。同僚の弓子先生がプールでコンタクトレンズを落としました。「もし見つけてくれたらフランス料理をごちそうするわ」と言うので私は必死で探しました。1週間後、ついについに排水溝で見つけたのです。
 あれから30年。まだ弓子先生にはフランス料理をごちそうしてもらっていません。 

『体育科教育』2017年7月号p.80より転載
 

著者プロフィール

仲島 正教 (なかじま まさのり)

兵庫県西宮市で小学校教師を21年、指導主事を5年勤め、2005年に48歳で退職し、教育サポーターとして全国各地で講演や研修を行う。現在、若手教師応援セミナー「元気塾PLUS」代表、尼崎市教育委員会教育委員。

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