5分間家庭訪問のすすめ
仲島正教

家庭訪問には二つの勘違いがあります。家庭訪問=4月に各家庭を訪問すること、家庭訪問=何かトラブルや悪いことがあったときに訪問すること、そう思っている教師もいますが、それは間違いです。家庭訪問とは年間を通じて必要に応じて行われるものであり、トラブルや悪いことがあった時はもちろん行かなければならないのですが、通常の家庭訪問の原則は「いいこと」を教師がワザワザ運んでいくもの、と私は捉えています。
その方法は簡単です。学校の帰りにたった5分間だけその家に立ち寄り、「お母さん、今日A君は数学を頑張っていましたよ」とか、「今日A君は文化祭の準備を最後までやってくれました」とその日A君が頑張ったことを一言伝えるだけです。もちろん玄関先でOKです。
たった5分間ですがこの「5分間家庭訪問」も継続すれば大きな力になります。お母さんやお父さんの表情や会話から親子関係もわかりますし、玄関先からでも家庭の様子は容易に想像できます。そして教師を信頼し、相談もしてくれるようになります。また大きなトラブルが起きても「先生に任せるから」と解決の道は早いのです。
B君の家はひとり親家庭。お母さんは生活保護を受けながら3人の子どもを育てていますが「私の仕事はパチンコ」と私に堂々と言って生活保護費を使ってしまうこともありました。家の中は足の踏み場がないくらい散らかっていて、子どもたちの服の洗濯もままならぬ状態でした。
この家へ初めて行った日、玄関越しに私はお母さんから怒鳴られました。
「学校の先生か。学校の先生は嫌いだから帰って!」
とドアも開けてもらえずに初日は終わりました。翌日行くとまた怒鳴り声です。
「先生は嫌いやって言ったやろ。もう二度と来るな!」
3日目、私はまた足を運びました。
「来るなって言ったやろ、なんで来たんや!」
「B君が好きだからです」
すると、静かにドアが開き、
「しつこいなあ、しゃあないなあ、入って」
と私は3日目にして初めて家の中に入れてもらったのです。そこからお母さんはだんだんと心を開いていき、生活が少しずつ変わっていきました。「二度と来るな」は「また来てほしい」の意味だったのです。
C君の家は、両親ともかつて警察にお世話になった人でした。この家には1年間で100回以上は家庭訪問に行きました。ある日、玄関には父親が出てきました。
「誰や!」
「C君の担任です」
「何しに来たんや」
「今日の社会のテストでC君はすごく頑張ったので、それを報告したくて」
「そんなことで来たんか。先生、中に入ってくれ」
そう言って私を部屋のテーブルに座らせ、
「先生ありがとう。あいつのこと頼みます」
と言ってお酒を出してくれました。その後、背中に模様のあるそのお父さんは、ずっと私を応援してくれるようになりました。
また、こんな思い出もあります。
D君とお父さんは一年前にお母さんと別れ、男同士二人で暮らしていました。「まだ四年生のD君は、大丈夫だろうか」。それが担任の私とお父さんとの共通の心配事でした。10月のある日、教室で、「自分の好きなところはどこですか? それを書きなさい」と言って、クラスの子どもたちにその課題を書かせました。
その問いかけにD君は、「お父さんが好きな自分が好き」と書いたのです。私はそんなD君の文に感動し、その日さっそく家庭訪問に行きました。玄関先でお父さんにこのことを話すと、お父さんは目を真っ赤にし、「先生、ありがとうございました」と言いました。
「『先生、ありがとう』じゃないよ、これはお父さんががんばったからじゃないか。遠足のときは4時に起きて息子の弁当をつくってくれたし、運動会の日も仕事があったのに、半日休んで息子を応援しに来てくれたでしょ。そのお父さんの気持ちがD君に伝わったんですよ。お父さん、しんどいのによくがんばったね。お父さんえらいなあ、お父さんよかったなあ」
お父さんは、玄関先で流れる涙を拭きもしないで、ただただ肩を大きく震わせて泣いていました。温かい親子のつながりを目の前でみて、感動した私でした。
「5分間家庭訪問」はその気があれば誰でも出来るのです。「仲島が熱血だから」ではありません。私事ですが、私は37歳までは我が子の保育所への送り迎えをしており、毎日学校を夕方5時40分には出ないといけない生活をしていました。ゆっくり家庭訪問は出来ないのです。でもその産物として「5分間家庭訪問」が生まれたのです。「忙しくて家庭訪問まで手が回らない」そんな現状でも「5分ぐらい」ならなんとかなると私は実感しています。「出来るか出来ないか」ではなく「するかしないか」なのです。
今はSNSの時代です。メールやLINEですぐに連絡は出来ます。その方が簡単で時間もかかりません。でもそんな時代だからこそ、ワザワザ足を運び「いいこと」を伝えに行く家庭訪問は意味があります。たった5分間の出会いが「笑顔」を生むのです。たった5分のつながりに「感動」が生まれます。
『教師力を磨く――若手教師が伸びる「10」のすすめ』『成長しない子はいない――生まれ変わっても教師になりたい』より抜粋し,一部再構成。
著者プロフィール
仲島 正教 (なかじま まさのり)
兵庫県西宮市で小学校教師を21年、指導主事を5年勤め、2005年に48歳で退職し、教育サポーターとして全国各地で講演や研修を行う。現在、若手教師応援セミナー「元気塾PLUS」代表、尼崎市教育委員会教育委員。
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