健康

「食べる」って大切だけど難しい!―女子アスリートの現場から―(前編)
鈴木志保子(日本スポーツ栄養協会理事長),萩原美樹子(Wリーグ 東京羽田ヴィッキーズヘッドコーチ)

2023年4月24日に開催し,多くの方にご参加いただいたオンライン講座「女子アスリートの”強いカラダ”づくりに必要なこと,やるべきこと」(主催:日本スポーツ栄養協会,共催:女性スポーツ研究センター,(株)大修館書店)。
ここではその一部を記事として再構成し,2回に分けてお届けします(前編)。▶▶後編はこちら

 

今回お話しいただく方

 

覚えていないことの改善点は見つけられない!(鈴木志保子先生)

強くなるためには何が必要かというと,「こんな体育館が,こんなシャワールームがあったほうがいい」とかそういう話になりがちですけれど,自分のカラダに目を向けて具体的に考えるためには,材料(自分のカラダがどういう状態かという情報)が必要です。

ここで質問です。「昨日,夕食に何をどのぐらい食べたか」を思い出してみてください。玉ねぎのみじん切りなんかも含めてすべてです。
そう言われると,「何時に食べたかな」「どこで食べたっけ」と思い出そうとしますが,覚えているようで覚えていないですよね。私だって覚えているかと言われれば覚えていない(笑)
特別に意識していないと覚えていられないということを実感していただけるかと思います。

覚えていないことを思い出してもらって,食生活を変えるなんて,できるわけありません。わからない(覚えていない)ことの改善点を見つけて改善するなんて無茶ですよね。
たとえば栄養指導で「マヨネーズの取りすぎに注意しましょう」と言われることがよくあると思います。自分がふだんどれくらいマヨネーズを食べているかは、聞いたら答えてもらえるので,マヨネーズを目標の1つにするしかないのです。

ほんとうは,何気なく習慣的に食べているもの(覚えていない食べ物)をとらえて,目標の設定をしたいのです。
自分の食生活をとらえるには,まずは自分で自分の「食べる」ということを把握する必要があります。そのうえで,自分の状態やパフォーマンスなどをすべてリンクさせることで適切なコンディショニングができるわけです。
逆に,そのリンクがうまくできないかぎり,コンディションの良し悪しもなかなか判断できないと思います。

ということで今日は「覚えておこうと思ったとしても覚えていられないけど,材料がなければ自分を振り返ってよくしようなんてできない。では振り返るとはどういうことなのか,コンディションとは何か」という話を考えていきたいと思います。

鈴木 志保子 先生

 

 

目指すは「走る冷蔵庫」!(萩原美樹子氏)

「適切な負荷」って難しい・・・

私はいま携わっているバスケットボールの女子チームで抱えている課題を持ってきました。
まずこれはどの競技でも同じだと思いますが,選手を強くしていくために練習でいかに適切な負荷をかけていくか。かけすぎても怪我やモチベーション低下につながるし,足りなさすぎても強くなれないので,皆さんそのギリギリのところを探っていると思います。

昨シーズンは,私の考える適度な負荷(詳しくは後述)でトレーニングを進め,夏頃までは怪我もなく強化できていました。
ところがシーズン開幕(10月)の少し前,スタッフから「最近,選手が十分に回復していなくてかなり疲れている」と進言があり,少し負荷を落として回復を図りました。
ただ,それでもなかなか回復せず,そのままシーズンに入ってしまった。すると,土日の連戦も持たないうえに,シーズン途中で怪我人まで出てしまった。
適切な負荷を見極める難しさを実感したシーズンとなりました。

昨シーズン,実は「ロードマネジメント」という考え方を取り入れていました。バスケ界では長年,「負荷はかければかけるほどいい,そこを耐えられてこそ強くなる」と考えられていたのですが,2019年頃からNBAなどで,負荷というのは実はもう少し軽くてもいいのではないかという考え方が出てきた。
私も思うところがあったので「ロードマネジメント」について勉強して取り入れたというわけです。

現状,間違ってはいなかったけど一筋縄ではいかないとも実感しているので,2023-24シーズンに向けては、あらためてスタッフとディスカッションしながら計画を立案しています。

萩原 美樹子 氏

 

「走る冷蔵庫」までの険しい道のり

適切な負荷を考える中で,練習量ももちろんだけれども,回復を図るためには何をどう食べるかも大事だということに立ち返ってきています。
バスケットはコンタクトがある競技なので,コンタクトに強くそれでいて動ける体――私に言わせると「走る冷蔵庫」――が理想です。
ヨーロッパのトップリーグで優勝するようなチームを見てみると,選手たちはまさに「走る冷蔵庫」。
かなりしっかりしているけど,ボールハンドリングもものすごく良くて動きも速い。コンタクトにも負けないんですよね。
バスケットにおいてはこういう体が必要。そう考えると,食をある程度太くしていかなきゃならないんです。

ただ,「走る冷蔵庫」を目指す中で直面する課題もあります。
まず,練習で疲れていても,あるいは夏の暑さにダメージを受けても,しっかり食べるということが,現実問題としてなかなか難しい。
私たちのチームはいわゆる企業型(選手は基本的に社員)ではなくクラブチーム(選手は基本的に個人事業主としてチームと契約)なので,たとえば環境面で言うと,自前の体育館や寮はありません。
となると,練習が終わったら家に帰って自分で料理をするか,買いに行かなければいけない。そういう中では,何をどう食べていかに回復するかということは非常に大事な要素でありながら,難しさもあるわけです。

それから,ルッキズム(外見至上主義)による無意識的な支配というのもあると思います。
競技に必要なのは「走る冷蔵庫」だとわかってはいても,「選手としてレベルアップするためにがっちりとした大きな体になりたい」という意識を持ちにくい部分もあるのではないかと。

ほかにも課題はありますが,自分がやりたいことを実現していくために,どう食べどう体をつくっていくかを一人一人しっかり考えていくことが必要だと思います。
他者がコントロールするのはある意味では簡単。でもそうじゃなくて,自分でしっかり考えて自分に必要なものを摂っていく。
そういう選手を育てたいと思って奮闘しているところです。

 

後編では,鯉川なつえ先生(順天堂大学スポーツ健康科学部教授,陸上競技部女子監督)による「LBM(除脂肪体重)」に着目した取り組みについてのお話です。お楽しみに!

 

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