国語教育

〈BOOK REVIEW〉 いま、高校生に読んでほしい本
あさのあつこ『ハリネズミは月を見上げる』
内田 剛

あさのあつこ『ハリネズミは月を見上げる』(新潮社、2020年)

朝の光のように瑞々しく青空のように清々しい・・・
自分の身を守るための武器を授けてくれる青春の名作!

 

「頑張ることも我慢することも悪ではない。でもそれらはよく切れる包丁のようだ。」(p.257)

どこにでもいるような控えめの性格の高校生・主人公の鈴美は通学中の電車で痴漢に遭ってしまう。痴漢は遅刻した学生たちの言い訳の常套手段となっていてまともに取りあわない先生たち。いったい何を信じたらいいのか。誰を頼ったらいいのか。泣き寝入りするしかないのか。途方に暮れて心に深い傷を負った彼女を救ったのは個性的な同級生の菊池(きくいけ)さん。思春期の二人の懊悩と成長を軸にストーリーは転がっていく。

「生きる」ことは本当に大変だ。学校という社会の中で協調していくためには自分という役割を演じて我慢することも必要。一方ではそれぞれ生まれ持った輝かしい個性を認め合いながら互いに磨き高めることも大切である。時には意見がぶつかり闘うこともあるだろう。理不尽なことに直面した時に心に宿った正義の炎を我慢の水で消してしまうか。それとも怒りの気持ちを拳に変えて自己主張できるか。誰の心の中にもある刃のような感情を振りかざす時はいつなのか。この物語は具体的な事例を掲げて考えながら自分らしく「生きる」道を教えてくれる。ハリネズミの針のように自分の身を守る武器を授けてくれる青春のバイブルなのだ。

 2020年8月刊行のこの一冊は、発売前にゲラを読んだ高校生の反響を「高校生の満足度、驚異の93%!」というキャッチコピーに掲げて、メディアや読者に訴求する売り方で話題となった。まさに現代の高校生を描いたリアリティあふれる物語であるが、これは若い学生たちはもちろん、大人にこそ読んでもらいたい内容だ。若者たちの生々しい心の声が聞こえ、生き方に変化を与えるメッセージ性の強い名作。言葉にならない声を耳をすませて感じてほしい。読み終えればきっと目の前の暗雲が綺麗さっぱりと晴れるだろう。この物語には瑞々しい朝の光と清々しい青空がよく似合う。稀代のストーリーテラーの『バッテリー』と比肩する代表作の誕生だ!

『国語教室』第115号より転載

 

筆者プロフィール

ブックジャーナリスト。約30年の書店員勤務を経て、2020年よりフリーに。NPO本屋大賞実行委員会理事。

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