〈BOOK REVIEW〉 いま、高校生に読んでほしい本
ジェームズ・サーバー著/村上春樹訳『世界で最後の花 絵のついた寓話』
内田 剛
- 2023.10.30

ジェームズ・サーバー著/村上春樹訳『世界で最後の花 絵のついた寓話』(ポプラ社、2023年)
平和を希求するメッセージが雄弁に伝わるこの一冊は、
地球で暮らす誰もが幸せな未来を生きるための最良のバイブルだ!
「最後の戦争がなにのためのものだったのか、もう思い出せません。」
広島の原爆死没者慰霊碑に刻まれている「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませんから」という碑文は多くの方の記憶に刻まれているだろう。しかし地球上から争いが絶えたことはない。ロシアとウクライナしかり、この国も戦争に向かおうとする不穏な空気を感じざるをえないのだ。「戦争と平和」は人類普遍の、そして現在進行形のテーマなのである。
画文集である本書は第12次世界大戦が起きた直後の世界が舞台である。徹底的に破壊された文明社会。美しい森林も大いなる大地もすべてが無に帰してしまった。そんなある日、一組の男女が地上に唯一残った一輪の花を見つけて心をこめて育て始める。そして愛し合い、子どもを産み育てる二人。まさにアダムとイブの世界である。しかし、幸せで平穏だったはずの日常から、またもや憎しみと狂気が生まれてしまう。なぜ滅びの道に進んでしまうのか、本書にはその様子が生々しく描かれている。
著者は映画『虹を掴む男』の原作者としても知られているアメリカの画家であり文筆家だ。一人娘のローズマリーに捧げられた本書は1939年11月に刊行された。それはナチス・ドイツ軍がポーランドに進行して第2次世界大戦が勃発した2か月後のことであった。それから長い年月が過ぎ去っているが、世界は、そして人類はいったい何がどう変化したのであろうか。
この世界的な名著の復刊の翻訳が村上春樹であることにも意味がある。日本を代表する文学者の感性と解釈もまた、次の世代へと伝えるべき価値があるはずだ。
世のすべてを失わせてしまう惨禍、目を覆うような残酷な悲劇、虚しい戦争の記憶は後世に語り継がねばならない。心をこめて咲かせた花は決して絶やしてはならないのだ。
真正面から戦争を考え、平和を希求するメッセージが雄弁に伝わる本書は、明るい未来を生きるための貴重なバイブル。読まれるほどに間違いなく僕らは、本当の幸せをつかむことができるはずだ。
『国語教室』第120号より転載
筆者プロフィール
ブックジャーナリスト。約30年の書店員勤務を経て、2020年よりフリーに。NPO本屋大賞実行委員会理事。

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