国語教育

〈BOOK REVIEW〉 いま、高校生に読んでほしい本
エディ・ジェイク『世界でいちばん幸せな男』
内田 剛

エディ・ジェイク『世界でいちばん幸せな男』(河出書房新社、2021年)

暗黒の闇から掬い出される夢と希望があまりにも眩しい・・・
身を切るような感動が突き刺さる「いのち」のメッセージ!

 

「人の営みのなかで、もっともすばらしいのは愛されることだ」(p.92)

著者のエディ・ジェイクはドイツ生まれのユダヤ人。ナチス政権下の迫害によって故郷も家族も人間の尊厳も青春時代のすべてをも奪われた戦争被害者だ。二度にわたる強制収容所からの生還という信じがたい悪夢をくぐり抜けてきた。

暗黒の体験が綴られた本書は決して絶望の書ではない。深い闇の中から眩しい光を掬いとる。生きながらえたエディの魂はどこまでも気高く美しいのだ。読み進めれば噛みしめるべき名言の数々が溢れていることに気がつくはずだ。そのいくつかをご紹介しておこう。

「命あるところに、希望はある。そして希望があるところに命がある」

「人生は、美しいものにしようと思えば美しいものになる」

「人生で大切なことがひとつある。幸福は分け与えるもの。それだけだ」

すべての言葉に説得力があり、語り口も雄弁である。そしてどんな苦難があろうとも人間には立ち向かう強さがあると教えてくれる。心に突き刺さる普遍的な「学び」に満ちているのだ。

 幸福は与えられるものではない。自分自身でつかみとるものだ。奇跡もまた起きるものではなく、自分の力で起こすものである。一度きりの人生、常に自分を主語で語る意識が重要なのだ。

人が生き延びるために必要なのは友や家族のようなかけがえのない存在と、助け合う心、工夫を凝らす知恵、そして明日を信じる希望である。

 ここに描かれているのは過去の壮絶な悲劇だけではない。人格を歪める狂気が芽生える瞬間を目の当たりにし、尊い犠牲を脳裏に刻みつける。真の平和を願うエディの想いは世界へ、そして未来へと確かに繋がっている。

 これは人間をつくる一冊だ。著者の唯一無二の経験は骨格となり、書かれた哲学が血肉となる。ライフラインとしての読書を体感できる作品である。読者にとって生きる上での糧となり、生涯に寄り添う友であり、揺らぐことのない座右の書となるだろう。

『国語教室』第116号より転載

 

評者プロフィール

ブックジャーナリスト。約30年の書店員勤務を経て、2020年よりフリーに。NPO本屋大賞実行委員会理事。

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