〈BOOK REVIEW〉 いま、高校生に読んでほしい本
養老孟司『養老先生のさかさま人間学』
内田 剛
- 2023.04.13

養老孟司『養老先生のさかさま人間学』(ぞうさん出版、2021年)
この世を知り尽くした養老先生の視線は鋭く確かだ。
混沌とした時代を生き抜くための「学び」にあふれた一冊。
「考えないと楽ですが、楽をすると後で損をしますよ。」(p.21)
新書『バカの壁』が国民的な大ヒットとなり解剖学者である養老孟司先生は作家としても大いに人気を博している。冷静に人間の営みを見つめ続ける視線はまったく揺るぎなく、発するメッセージも平易で伝わりやすいからであろう。
昨年、養老先生に直接取材させていだだく機会に恵まれたが、85歳という年齢を感じさせない若々しさに驚かされた。自然体の生き方、柔軟な思考、豊富な人生経験にもとづく説得力が話の端々から感じられ聴き入ってしまった。
豊かな自然に囲まれた鎌倉に長きにわたって在住している先生が感じるのは最近、明らかに虫が少なくなったことだそうだ。殺虫剤による生態系の狂いによるものだが、虫も食わない野菜が本当に体に良いものなのか。自然と人間との共生について大いに考えさせられた。
そんな養老哲学のエッセンスを身近に感じさせてくれる絶好の一冊が本書だ。ちなみに出版元の「ぞうさん出版」は「世界一田舎にある出版社」の触れ込みで養老先生が顧問をされている会社である。自分の頭で考えること、生きるために学ぶこと、自然に目を向けること、科学の視点を持つこと、社会の常識を疑うこと、不確実な時代をどう生きるかということをテーマに語っているのだが面白いのはそのユニークな構成である。
見開きページで展開されるお題は全部で85個あり、すべて漢字1文字なのだ。そこから自由に発想を広げて先生が論じていく。最初の漢字の「耐」からは「答えが出るまで我慢する」というエッセイが生まれる。続いて「草」からは「面倒くさいと向き合う」という一文につながる。さらに「毒」からは「自分のモノサシを持つ」という論がはじまる。なんともユーモラスでスリリングなのだ。
即興的な試みであたかも生の授業を聞いているような気分にさせる。AIにはない温かで贅沢な学びの時間がここに再現されているのだ。
気になる漢字からページをめくり養老哲学を存分に堪能いただきたい。
『国語教室』第118号より転載
筆者プロフィール
ブックジャーナリスト。約30年の書店員勤務を経て、2020年よりフリーに。NPO本屋大賞実行委員会理事。
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