国語教育

〈BOOK REVIEW〉 いま、高校生に読んでほしい本
川内有緒『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』
内田 剛

川内有緒『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル、2021年)

「耳」で感じるアート体験は目からウロコの連続だ。
様々な境界を乗り越え、まったく新たな価値観が生まれる!

 

「“見えるひと”も実はそんなにちゃんと見えてはいないんだ!」(p.117)

 目ではなく耳でアートを見るとは一体どういうことだろう。気鋭の書き手である川内有緒の新作は着眼点が素晴らしく、新鮮な驚きと刺激に満ちた一冊だ。

 著者の相手役である全盲の白鳥建二さんは年に何十回も美術館に通う美術鑑賞者である。絵画の前で傍らにいる人から説明を聞き、頭の中で作品を再現する。文字通り耳でアートを楽しんでいるのだ。この前代未聞の試みは当初、まったく受け入れられなかった。しかし彼の熱意はアートは「目で見るもの」という美術館の常識を変えた。単なる視覚障害者のルポルタージュではなく、信念を貫くひとりの人間の生きざまが伝わってくる。

 本書を読みながら既存の価値観が崩れ去り、眼前の景色が一変した。僕らはこれまでいかに「見ているようでも見ていなかった」のか。視覚ではなく脳の力に訴えかけなければならない。キャンバスに書いてある絵画を言語化することによって、眠っていた五感が研ぎ澄まされ、相手を思いやる気持ちが育ち、新たな「気づき」につながったのである。

 物事の本質を捉え直し、様々な境界を乗り越えて、独自の鑑賞法が生み出される。いつの間にか「白鳥さん」と一緒に全国各地の美術館巡りをしていた。

 本文中のとあるページには、黒塗りで隠された作品がある。その説明を文章で「聞いて」頭の中で想像する、という白鳥さんの絵画鑑賞を疑似体験する仕掛けだ。答えはカバー裏に印刷されている。造本も美麗で凝っており、紙の本の魅力を存分に味わえる点も特筆ものである。

潜在的に持っていた障害に対する恐れの自覚など、著者の心の葛藤と変化もまた身に迫る。一風変わったアート鑑賞の旅の最後に至るのは、過去から未来に向けて自分自身を見つめ直すこと。「時」には抗えないが「時」を宝物にすることはできる境地である。深いメッセージを嚙みしめ豊かな余韻にも浸ることができる。読まれるほど、この世の霧が晴れ渡るような価値ある一冊の登場に心の底から拍手を送りたい。

『国語教室』第119号より転載

 

筆者プロフィール

ブックジャーナリスト。約30年の書店員勤務を経て、2020年よりフリーに。NPO本屋大賞実行委員会理事。

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