ことば・日本語

コトバのひきだし ──ふさわしい日本語の選び方
第7回 「逆切れ」の理由はとんだ「逆恨み」
関根健一

「今日の数学の試験、準備してきた?」「えっ? うそ! 逆に試験があるの忘れてた」「まあ、お前、数学得意だからな」「うん、好きなんだよ。逆に国語は苦手だけど」「なあ、さっきから、『逆に』『逆に』って言ってるけど、全然、逆じゃないんじゃない?」「えっ、そうかな。逆に、『逆に』の使い方がおかしいってこと?」「やっぱり、全然、『逆』じゃないよ」。

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「逆に」は、「勉強したのに、逆に成績が下がってしまった」のように、物事が予想や期待とは逆の方向に進むときに用いるものです。ところが、「逆に」というから、どんな話になるのかと思って聞いていると、単に別の見方を持ち出しただけ、ということがあります。試験の準備をしてきたかと聞かれ、試験があること自体を忘れていたと答えるのは質問への真っすぐな返答にはなっていないという意識から、「逆に」を付けたくなるのでしょうか。「数学が得意」と「国語が苦手」は、内容は対照的かもしれませんが、予想に反する展開ではありません。「『逆に』の使い方がおかしい」は、相手の発言を言い直して確認しているだけです。それぞれ、「それどころか」「その代わり」「言い換えれば」などと言うべきでしょう。

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次の「逆」の使い方はどうでしょうか?

「数学の試験、さっぱり解けなかったから、先生の似顔絵を描いといたんだ。そしたら、放課後、職員室に呼ばれてさ。ねちねちお説教されて、適当に相づち打ってたら、逆切れされて、怒鳴るんだもの。まいったぜ」「そりゃお前がよくないや」

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「逆切れ」は、怒っている人に対して、怒られている方の人が突然、怒り出すことをいいます。怒るべきでない、その資格がない人が切れるのをいぶかる気持ちを「逆~」が示しています。

不真面目な生徒を先生が怒るのは自然な感情の現れです。それまで冷静に話していた先生が、生徒の態度に腹を据えかね、我慢できなくなり、怒りを露わにするのは「逆切れ」ではありません。

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用法が広がっているのが「逆恨み」です。『明鏡国語辞典』では、三つの語釈を載せています。

まず、「①恨みに思う人から逆に恨まれること。また、その恨み」。道を歩いていて、飲酒運転の車にはねられたら、歩行者はドライバーに対して「恨み」を抱きます。逆に、ドライバーが歩行者に対して恨みの感情をもって臨んだとしたら、それは「逆恨み」ということになるわけです。次に、「②人の好意を悪くとって、逆に恨むこと」。「先生が怒ったのはお前のことを思ったからこそだ。逆恨みなんかするなよ」のような使い方です。

①は自分が恨まれるべきなのに逆に恨む、②は感謝すべきなのに逆に恨む――という意味で「逆」のベクトルが発生しているわけです。

もう一つは、「③筋違いなことを理由に恨むこと」。新用法を示す〔新〕マーク付きで、「解雇を逆恨みして放火する」の用例を付しています。最近特に見聞きする言い方ですが、①②のように、何と何とが「逆」なのかが、はっきりしません。筋の通らない恨みだという違和感、理不尽さが、「逆」の一文字に投影しているのでしょうか。

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犯罪の場合、加害者は被害者に「恨み」を持つからこそ、加害行為に及ぶともいえます。「恨み」なら情状酌量の余地はありますが、「逆恨み」とすると加害者への批判的なニュアンスが生じます。前後の事情や当事者の本当の心情が正確に分からないと、「逆」であると断定はできません。

それは本当に「逆」なのか? 何に対して「逆」なのか? その「逆」は逆に逆ではないかも? 「逆~」は慎重に使いたいものです。

『国語教室』第115号(2021年4月)より

著者プロフィール

関根健一 (せきね けんいち)

日本新聞協会用語専門委員。元読売新聞東京本社編集委員。大東文化大学非常勤講師。著書に『なぜなに日本語』『なぜなに日本語 もっと』(三省堂)、『ちびまる子ちゃんの敬語教室』(集英社)、『文章がフツーにうまくなる とっておきのことば術』『品格語辞典』(大修館書店)など。『明鏡国語辞典 第三版』編集・執筆協力者。

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