コトバのひきだし ──ふさわしい日本語の選び方
第12回 イエスでもノーでも「大丈夫!」って大丈夫?
関根健一

――レストランでの会話――
お客「サプライズで、ケーキの中に婚約指輪を入れられますか?」
店長「大丈夫(①)です。一緒に婚姻届も入れておきましょうか?」
お客「大丈夫(②)です。彼女の写真をお見せしましょうか?」
店長「大丈夫(③)です。プロポーズは受けてもらえそうですか?」
お客「大丈夫(④)です。……たぶん」
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①④はイエス、②③はノーの意味です。肯定(承諾)と否定(拒否)が同じ言い方なんて、大丈夫でしょうか?
「大丈夫」は、元々は強く勇ましい男性を指し、そういう人のようにしっかりしている様子を表すようになりました。「任せてくれて大丈夫」など、「問題ない」「安心していい」という判断を示すときにも用いられます。「大丈夫、きっとプロポーズを受けてもらえるよ」といった強い確信を示す副詞の用法もあり、「大丈夫」だけで肯定(承諾)の返事に使うのに違和感はありません。
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ところが最近、スーパーやコンビニなどで「ポイントカードを作りますか?」「お弁当は温めますか?」と尋ねられて、「いいえ」と断る代わりに「大丈夫です」と答えるのをよく聞きます。こうした新しい使い方を踏まえ、『明鏡国語辞典』は第二版から、「相手の勧誘などを遠回しに拒否する語」という語釈を加えました。
「作りますか」「温めますか」を「持っているとお得なことがあるんですよ」「温かくしたほうがおいしく召し上がれるんですけど」と気遣いを示してくれたものと捉え、そんな気を使ってくれなくても問題ないと相手を納得させるような気持ちがこめられているのでしょう。
肯定の「大丈夫」には、「任せていいだろうか」「プロポーズは断られたりしないだろうか」という心配を払拭して、間違いない、確実であると強調する意味合いがありました。相手の懸念を無用のものとするという点では、通じるところがありそうです。
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「大丈夫」という返事は、諾否や否定肯定の意思表示というより、その話題・事柄について相手が抱いている心配や気遣いを打ち消して安心させる、一種の配慮表現と考えることもできます。
「試験準備は?」
――「大丈夫」
「塾に行ったら?」
――「大丈夫」
最初の「大丈夫」は、準備が疎かになっていないかという心配を打ち消す意味、後者は、成績を上げるには塾に行った方がいいのではないかという気遣いを打ち消す意味で、どちらも相手への配慮に基づいた表現と言えるでしょう。
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ただし、その心配や気遣いの在りかが共有されていないと、誤解されたり、通じにくかったりするという事態も生まれます。新刊の『無礼語辞典』では、「『別案を提示してよろしいでしょうか。費用はアップします』『大丈夫です』」という例文を挙げました。
費用が上がったら受け入れてくれないのではないかという心配を打ち消す「大丈夫」ならイエス、費用はともかくよい案を提示しなければという気遣いを打ち消す「大丈夫」ならノーと告げたことになるでしょうか。双方の思惑がずれていると、配慮したつもりが相手の意向を無視する無礼極まりない返事とも受け取られそうです。大事な用件であれば、諾否を明確に示す一言を付け加えることが何よりの配慮かもしれません。
『国語教室』第120号(2023年10月)より
著者プロフィール
関根健一 (せきね けんいち)
日本新聞協会用語専門委員。元読売新聞東京本社編集委員。大東文化大学非常勤講師。著書に『なぜなに日本語』『なぜなに日本語 もっと』(三省堂)、『ちびまる子ちゃんの敬語教室』(集英社)、『文章がフツーにうまくなる とっておきのことば術』『品格語辞典』『無礼語辞典』(大修館書店)など。『明鏡国語辞典 第三版』編集・執筆協力者。
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