国語教育

詩の教室へようこそ
第2回 おせ、もっと、おせ。
和合亮一

◆詩は敷居が高い?

前回でも少しお話をいたしましたが、「詩」となると、やはり少し敷居が高いかもしれませんよね。ヨーロッパ、アジア、アメリカ…。海外へと出かけて、様々な国の詩人たちとお会いする機会がこれまでにありました。いろいろな出会いを重ねていく中で比べてみると、日本以外の国々ではそれがかなり低いように感じます。

 例えばある国の詩人と初めて知り合った時に、素敵な絵があしらわれた大きいサイズのカードにメッセージが書かれているものを渡されたことがあります。これはと尋ねてみると、昨日出来上がった短い詩を、今日お会いする人たちにプレゼントするために手書きしたものだと話してくれました。

 ちょっとした言葉の贈り物として、詩が毎日のように書かれているんですよねと感心すると、私たちの間では当たり前のことですよ…、と。いいなあ。うらやましくなりました。

 また別の国では、やはり知り合ったばかりの詩人が、手のひらを出してというのでその通りにしてみると、ちょこんと小さな袋を載せてくれました。後で静かに中を見てみると、白くて可愛らしい流木が入っていて、そこに詩が書かれていました。名前と出会った日付と自作の詩。心が温かくなりました。旅の記念として今も玄関に飾っています。

 私はこんなふうに誰かに、例えば親しい人にちょっとした贈り物をするみたいにして、言葉をやりとりできるといいなあといつも憧れています。

 そんな雰囲気を授業の中でも作り出していきたいですね。

 

◆子どもの詩という「贈り物」

 私は子どもたちの詩と出会う機会を数多くいただいてまいりました。いつもとびきりの「贈り物」をもらっているように思います。目頭が熱くなることが良くあります。
少しだけご紹介させていただきます。

   ちさと、おせ。もっとおせ。
  
  ちさと、おせ、
  もっと、おせ。
  まわしもって、おせ。
  こしおろして、おせ。
  こうちょう先生のこえがきこえる。
  こうていの、まるどひょう。
  まい日、
  こうちょう先生と、
  すもうのれんしゅう。
  夏休みの日も、 朝一番に、
  こうちょう先生がまっている。

当時小学校三年生だった、大和田千聖君の書いた「ちさと、おせ。もっとおせ。」という作品。微笑ましくユニークな情景が浮かんできます。夏休みの朝稽古の相手は校長先生。「おせ」というリフレインに躍動が感じられる作品です。

 いよいよ初めての大会に出場することになりました。

こうちょう先生の、
  いつものこえがきこえる。
  ちさと、おせ
  もっと、おせのこえ。
  力がどんどんわいてくる。
  じしんがわいてくる。
  おして、
  おして、
  おしまくった。
  はじめてのすもうで三い。

何と初めての大会で三位。その嬉しさを、最後にこんなふうに書いてまとめています。

  なんでも がんばれる。
  なんにでも、がんばれる。
  こうちょう先生のこえ、
  まほうの力をもつこえだ。

 校長先生の声に励まされて、千聖君はどんなに辛くても前に向かっていくことが出来たのでしょうね。ここに先生と子どもさんの練習の日々と、それにより培われた強い絆のようなものが見えてきます。

 とてもシンプルな表現であったとしてもそこに子どもさんの気持ちが深く宿っているなら、詩は後からやってくる。そんなふうに読んだ時に思いました。「ちさと、おせ」という言葉には、読んでいる私たちをも励まして先へと導いてくれるかのような明かりのようなものが感じられます。

 言葉をたとえ多く使わなくても、その背後に豊かなイメージが広がっていれば、心が動かされる。私は子どもさんたちの詩からそれを学んでいます。

 

◆「まほう」の言葉との出会い

 次に紹介する詩は、当時小学校一年生のさとうりゅうのすけくんが、東日本大震災の折に、津波で家も町もその全てが流されてしまって、毎晩のようにそれを思って泣いている祖母を励まそうと思って、記憶にある元の町の風景(かつての宮城県志津川町・現南三陸町)を懸命に絵に描いたり、詩に書いたりしたのだそうです。

 これは生まれて初めて書いた「まほうのつなみ」という詩です。

   まほうのつなみ
  
  こわれたおうちはもとどおり

  ガソリンスタンドも
  びょういんも
  このえができたら
  おばあちゃんに
  みせるよ
  もとにもどった
  しずがわの え

 おばあちゃん
  げんきをだしてね
  いつかきっと
  いいつなみがやってきて
  もとのまちになるから
  まほうのつなみで
  もとのしずがわに
  もどるから

 ありったけの思いで励まそうとしている姿に胸を打たれ、そして心を衝かれた思いがしました。「いいつなみ」や「まほうのつなみ」という言葉にはっとさせられたのです。

 震災直後は誰もが打ちひしがれて、「海」や「津波」という単語に底知れない恐ろしさを感じていました。しかしさとうくんは人を思う一心で、新しい言葉の明かりを見つけているのです。読み返すほどにこの詩のフレーズの背中に、たくさんの方々の無念の涙と祈りの念を強く感じます。

 中学校一年生の小川倫花さんの「おまもり」という詩をご紹介いたします。最後の別れを書き留めています。

  おまもり

  病室の窓から 見えた寒空
  「好きな物を買ってね。」
  ひいおばあちゃんが 横になったまま
  細く白い手を差しのべて
  渡してくれたおこづかい
  何だか気まずくて
  いつもみたいに気軽にもらえなかった
  「いいから いいから。」

  最後にもらった五千円札
  ひいおばあちゃんとの思い出が
  よみがえるお札
  今までも これからも
  さいふの中で
  ずっと私を守ってくれる おまもり 

 先に紹介した二つの詩にも登場した「まほう」の何かが、この詩にも込められてあるかのように感じました。これから先もずっと小川さんのお守りは心にあり続けるのでしょう。

 大切な家族の死を経験して、一歩ずつ成長していこうとする姿も見えてきます。

 

◆大切な誰かへの手紙のように

 詩の中に映じられている、成長感覚こそを味わいたい、そして分かち合いたい。

 作者自身が自分の言葉で現在進行形である今と向き合い、少しもごまかさずに鋭く何かをとらえようとした時に、一篇が書きあげられた瞬間がたとえ何歳であろうとも、全ての世代へと訴える力と読み手を人生の先へと導こうとする言葉の灯火が内在するのだということを、みなさんにあらためてお伝えしたいのです。

 先生へ、あるいは家族へ。詩とは例えるなら大切な誰かに宛てた手紙のようなものです。そんな思いで、まずは親しく語りかけるようにして一節を書き始めてみることを促してみると良いと思っています。

 投稿作品が集まり出しています。千葉県の後藤ゆうさんの詩。

下手くそでいいから
  世間体や周りの評価など
  気にせずに
  思うままに
  創れ
  パワフルであれ
  考え抜くのだ
  私は存在する
  私の哲学で私は生きる

そうです、その若々しいエネルギーを私は待っています。投稿欄にふさわしい作品。まずは気にせずに思うがまま創る気持ちで、筆を走らせてみて下さい。考えるために、書いてみる。書いているうちに、考えがまた新しい考えを連れてきます。

次は、高知県の関谷朋子さんの詩です。

  わたしが男に生まれていたなら

  わたしが男に生まれていたなら
  猫を一匹飼って
  女の名前をつけるだろう
  始まったばかりの夜
  仕事から帰ってきた時に
  わたしだけに頼って欲しいと願うだろう
  完全体で
  約束ができる人になりたいと思う
  そのほうが
  役に立つから
  知らないひとから緊急のメールが来ても
  今約束を守っていますと、追い返せるから
  わたしが男に生まれたら
  きっと後悔するだろう
  強い強いと褒められて
  守られないと言えなくて
  猫を一匹飼ってしまうから
  一人ですって言えなくて

最初の一節「わたしが男に生まれていたなら/猫を一匹飼って/女の名前をつけるだろう」にとても惹きこまれました。なんか、とてもやせ我慢していて、それでも強く生きていこうとしている姿が見えてきました。無理して強がったり本当は弱虫だったり、不思議な心の世界が描かれています。

引き続き、みなさんの作品をお待ちいたしておりますね。

 

◆地球をめぐる言葉と詩

 さて冒頭の話に少しだけ戻ります。

 世界各国の詩人たちと旅の空で語り合って、当たり前ですがあらゆる国にはあらゆる言葉があって、そして必ず詩人がいるということをあらためて実感いたしました。そしてこんなふうに夢を見ました。いろいろな敷居がどんどん低くなって、たくさんの言葉と詩とが、地球をいつもぐるぐるとめぐっているような未来を。

『国語教室』第115号より転載

 

筆者プロフィール

福島県立本宮高等学校教諭。第一詩集にて、中原中也賞、第四詩集にて晩翠賞受賞。2011年の東日本大震災で被災した際、twitterで「詩の礫」を発表し話題に。詩集となり、フランスにて詩集賞受賞(日本人初)。2019年、詩集『QQQ』で萩原朔太郎賞受賞。校歌、合唱曲作詞多数。

 

本連載では、高校生の詩の作品を募集いたします。
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