国語教育

詩の教室へようこそ
第11回 言葉には橋がある、心には道がある、空には星がある
和合亮一

◆14の人生を詩集に

 あるプロジェクトの依頼を受けました。東京藝術大学とNPO法人マザーズツリージャパンの共同企画で、ミャンマーから日本に移り、子育てをしている母親たちのお話を聞き、それをまとめて、詩を書いて残してほしいという内容でした。

 1年ほどかけて14人の方々にお話を聞きました。日本の社会で生きることについて、言葉や教育、就労の事情について…、さまざまな問題と向き合いながら、しっかり子育てをされている様子が伝わってまいりました。14の人生のさまざまなドラマを感じました。それを受けて16篇の詩を書き、『わたしたちの一番星よ』という詩集を編みました。

 ミャンマーは現在、4年前のクーデター以降、少しも収まらない内戦による大きな混乱が続いています。そして最近になり大きな地震災害に見舞われてしまいました。容易にミャンマーには戻れなくなってしまった中で、祖国に思いを馳せながら日本で生きている思いが、どの母親からも、強く伝わってまいりました。

 こんなふうに出だしを書きました。

 

わたしは母親です

だから

一日を終えて

夕暮れに

一番星を探すのです

そして

夕食を作り始めるのです

子どもに

明日を生きる力を

しっかり

食べてもらうために

願いをこめて

夕ご飯を作ります

一日は忙しいです

闘いです

日本で

生きる

そして

祖国を想う

 

 一日を終えて、夕食の支度にとりかかる母の姿を最初に書きたいと思いました。「一番星」は夕方に一番初めに見える星のことを指しています。子どもの存在を第一に考えている思いを込めて、見あげる存在として象徴的に言葉にしました。やはり、言い切れない、言い表せない思いの何かを託すことから、詩作は始まるのかもしれません。

 

そして

昼間と夜の境目に

最初に輝く

星に

祈る

どうか

全ての子どもたちに

大人たちに

平等に

朝と 昼と 夜を

お与えください

 

 「一番星」は時間の境目を表すものでもあります。心待ちにしていた夕食の団欒に向けて支度に専念する母親たちの胸の内を思いました。祖国では若者たちが学校にも行けずに重たい銃を持って前線へ出かけています。子どもたちは食べ物や着るものや住む場所がなくて困っています…。貧しい国も富める国も、穏やかな地域も争いの絶えない場所も、生まれ来る子どもたちには何の罪もないのに、と涙ぐんでいらっしゃった姿が印象的でした。

 これまで、授業などで聞き書きの練習をするということに、私はあまり取り組んできませんでした。しかし、今回のプロジェクトの中で、言語と思考のためのとても大切な時間であることを、身をもって体験しました。人と相対して話を聞く力、質問を重ねてまとめていく力…、つまりは、話す・聞く・書くなどの総合的な国語力、コミュニケーション力を養うことになる、とあらためて実感いたしました。

 

◆呼吸を感じ、頷き合い、分かち合う

 ある母親の涙ながらのお話から、この詩句は生まれました。今も眼に浮かびます。

 

あなたをお腹に

さずかったとき

日本に来たばかりの

わたしには 頼る人が

話せる 誰かがいなかった

どうすればいいのか

分からなかった

でも

わたしの体のなかから

もう一つの

心臓の音が

はっきり聞こえた

涙があふれた

産もうと思った

 

 日本において夫以外に頼る人がほとんどいない状況のなかで、出産するかどうかを初めは深く思い悩んだというお話をしてくださいました。ご夫婦間での結論がなかなか出せなかったそうです。

 しかし、新しい心臓の音を診察室で聞いたとき、産むことをはっきり決意し、その後はもう迷うことはなかったと話してくださいました。しかし、そう思ってもなお、日本語の言葉の壁は思ったよりもぶ厚く、日に日に孤独な気持ちは募っていったそうです。それでも、母となったことで積極的に他者に働きかけていこうとする姿が感じられ、続けてこんなふうに言葉に綴らせていただきました。

 

道をたずねても

冷たくされて

教えてもらえなくて

あきらめてしまうしかなかったのが

かつての私だった

あなたの母親になってからは違うのです

勇気を出して

たずね続ける

そういう人には

やがて

誰かが

必ず

道を

示してくれる

言葉には橋がある

心には道がある

空には星がある

 

 インタビューを続けると、母親の眼に涙が何度も浮かびます。私も目が潤む瞬間がありました。

 これも聞き書きの大事なところだと思い、生徒に伝えたいと感じました。向き合って呼吸を感じる。頷き合うこと、分かち合うことの大切さを感じました。

 

◆これからの子どもたちへ

 生まれたばかりの赤ちゃんと一緒の母親もいれば、高校生の息子さんのいる母親もいらっしゃいました。どんな大人に育って欲しいですかと尋ねると、ある方はこんなふうに教えてくれました。

 

自分の足で この世界に立ち

自分の言葉で話せる人になって欲しい

決して言葉で人を傷つけない

真っすぐな人間になって欲しい

そうすれば

言葉に傷つけられることはない

母はいつもそう思って

生きています

言葉を大事にする

言葉と向き合う

言葉から逃げない

言葉に寄りそう

言葉を裏切らない

言葉と助け合う

言葉を奪われない

言葉と歩く

言葉を

子どもを 

あなたを守る

 

 日本語を学んだからこそ、言葉をとても大切にしたいという思いを、はっきり抱いているようでした。これまで偏見や差別に苦しんできた経験を語ってくださり、その上で、あらためて誇りを胸に生きるとはどういうことかが伝わってまいりました。

 言葉、そして、人生の壁と向き合いながら、自分の生き方をきちんと家族や周囲の人に伝えていく。そうした意志の強さは、そのまま日本語、そして国語教育に大切な何かを教えてくれていると思いました。 

 日本にいる自分たちと祖国にいる家族の両方の時間を生きるようにして、大変な思いを抱えながら子育てと仕事を両立させて暮らしている母親たちがとても多く、日本で生きることの生きづらさとせつなさを覚えました。しかし、どんなに忙しくても、心が苦しくても、子どもの笑顔に救われる…、それさえあれば何もいらないという心からの思いを皆さんが教えてくれました。私たちが教育の現場にいて、生徒たちの心からの笑顔が何よりも喜びであることと同じだとあらためて知りました。

 

◆一本の樹木であること

 日本人は木を育てるのが上手いと褒めてくださった方もいました。

 ミャンマーの街と比べて、日本の街は木ときちんと共生している印象がある…。その話をお聞きしながら、親とは、教師とは、それぞれが一本の樹木であるのだと呟きたくなりました。しっかり地に根を生やし、いつでも幹や枝にもたれかかることのできるような、子どもたちに安らぎを与える存在でありたいと深く頷きたくなりました。

 

母は

あなたのおかげで

いつも

安らかです

だって

居場所が

あるから

あなたの

となりに

いつまでも

太い幹と根を持つ

木になり

生い茂らせたい

枝と葉を

あなたに

木かげを

 

 今回紹介した詩は、下記リンクから全文をご覧いただけます。
  ■聖心女子大学グローバル共生研究所 WEBサイト

『国語教室』第124号より転載

プロフィール

和合亮一(わごう りょういち)

福島県立福島北高等学校教諭。第一詩集にて、中原中也賞、第四詩集にて晩翠賞受賞。2011年の東日本大震災で被災した際、twitter(現「X」)で「詩の礫」を発表し話題に。詩集となり、フランスにて詩集賞受賞(日本人初)。2019年、詩集『QQQ』で萩原朔太郎賞受賞。校歌、合唱曲作詞多数。

本連載では、高校生の詩の作品を募集いたします。
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