ことば・日本語

コトバのひきだし ──ふさわしい日本語の選び方
第15回 「可愛い」に、もひとつ「い」足して超カワイイイ⁉
関根健一

 「その新しいバッグ、かわいいね」「ボールを追いかける様子がかわいい」――何となく心が引かれたり、好感を抱いたりしたとき、その気持ちを伝えたくて、つい口をついて出るのが「かわいい」です。「かはゆい」=「顔映ゆし」(顔がほてるような)が語源ともされます。そこから「見ていられない・見るに忍びない」の意が生まれ、幼さや弱さを守り慈しむという思いをこめて使われるようになりました。()()する側の優越意識や過度な親しさが潜んでいると受け取る人もいるため、使い方には少し配慮が必要かもしれません。

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 「可愛」(愛す()し)という漢字の表記はいかにもふさわしく感じます。ただし、これは当て字、常用漢字表に採用されていない訓(表外訓)です。内閣告示「送り仮名の付け方」の「活用語尾を送る」という原則によるなら、表記は「可愛い」となりますが、ウェブなどでは「可愛いい」と「い」を重ねる書き方もよく見かけます。送り仮名の付け方の原則は常用漢字表の音訓によって書き表す場合の決まりなので、当て字は適用外とはいうものの、「可愛いい」だと「カワイイイ」と読んでしまわれないか少し心配になりました。感情が高まったときの「カワイー」と語尾を伸ばす発音をそのまま写したのだろうかと勘繰ってしまいます。

 ところが、調べてみると、「可愛いい」の送り方は意外に古くから使われていました。60年代に中尾ミエがカバーしてヒットしたレコードのジャケットタイトルは「可愛いいベビー」となっています。また、「お目出たき人」(武者小路実篤)を始め、明治大正期の小説には「可愛いゝ」と踊り字を用いた表記も出てきます。

 「可愛いい」と送るとすれば、「可愛」だけだと「かわ」と読むことになります。「激」を冠した強調表現として「激かわ」というのがありました。「きもかわいい」(気持ち悪いけどかわいい)を略した「きもかわ」など、若い人の間では、様々な「かわいい」のバリエーションとして「○○かわ」の略語が使われているようです。これを漢字表記すれば「○○可愛」でしょうか。『当て字・当て読み漢字表現辞典』(笹原宏之編、三省堂、2010年)には「(やす)可愛(かわ)アクセ」(「JJ」2003年4月)という用例が採集されていました。

 語幹だけを使い(最後の「い」を省略して)「かわい」ということもあります。この場合の送り方もまちまちで、同辞典には「リンゴ可愛(かわ)いや可愛(かわ)いやリンゴ」(「リンゴの唄」サトウハチロー)など、「い」を送った歌詞も幾つか挙げられていました。「かわ」が「可愛」、「かわい」が「可愛い」なら、「かわいい」は「可愛いい」と「い」をもうひとつ足すということになります。

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 周囲の何人かに聞いてみると、「可愛い」より「可愛いい」の方がなんとなくしっくりくるという意見もありました。「愛す可し」の意にダメ押しするように、「いい(良い)」のニュアンスを加えたいという気持ちが働くのか、とみるのはいささかうがち過ぎでしょうか。

 「快い」を誤って「快いい(快よい)」と送るのは「気持ちいい」の意味に引かれるからでしょう。「潔い」は「潔いい(潔よい)」と書かれ、さらに「いさぎがいい(良い)」と切り離され、正体不明の「いさぎ」なる語が出現してしまいました。

 ところで、「あららげる」は形容詞「荒い」を含む語なので「荒らげる」と送ります。ただ、「荒らす」からの類推で、「荒らげる」は「あらげる」と読まれがちです。「荒ららげる」と「ら」を重ねれば「あららげる」と読んでもらえるでしょうが、それは送り方のルール違反です。

 読み方を手助けするはずの送り仮名がちょっとした混乱の元になることもあるのです。

『国語教室』第123号(2025年4月)より

著者プロフィール

関根健一 (せきね けんいち)

日本新聞協会用語専門委員。元読売新聞東京本社編集委員。大東文化大学非常勤講師。著書に『なぜなに日本語』(三省堂)、『ちびまる子ちゃんの敬語教室』(集英社)、『文章がフツーにうまくなる とっておきのことば術』『品格語辞典』『無礼語辞典』(大修館書店)など。『明鏡国語辞典 第三版』編集・執筆協力者。

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