国語教育

〈BOOK REVIEW〉 いま、高校生に読んでほしい本
新川帆立『ひまわり』
内田 剛

新川帆立『ひまわり』(幻冬舎、2024年)

新川帆立『ひまわり』(幻冬舎、2024年)

苛烈な運命と対峙した人間はどうやって生きていけばいいのか。
心を奮い立たせる「言葉の力」を体感できる珠玉の物語。

 

「言葉の力を信じなさい。言葉がある限り僕たちはつながれる。」(p.320)

 衣食住に満たされて何不自由なく暮らせる日常。それを「幸せ」以外、何と言い表せばいいのだろうか。失う前に「普通」でいられる喜びをじっくりと嚙みしめ、周囲の人たちに対して感謝の気持ちを伝えておくべきだ。

 本書の主人公・朝宮ひまりは総合商社に勤め約10年。得意の語学を活かして世界中を飛び回る日々を過ごしていた。そんなある日、突然の交通事故に遭って頸椎損傷。首から下がほとんど動かせない四肢麻痺の身体となってしまった。

 まさに天国から地獄。33歳という若さで24時間介護が必要な重度の障害者となったひまり。職場を追われ、役所に行っても生活保護を薦められ、介護疲れから家族も崩壊の危機を迎えていた。

 そんな八方ふさがりの過酷な現実と向き合いながら、「働きたい」という意欲はますます募っていった。事故に遭ったのも、生き延びたのも運命だと割り切り、一念発起。得意である「言葉」の力を信じて自立をするために、ロースクールに通って弁護士になることを決意した。

 辛い、痛い、哀しい、悔しい。さまざまな困難から涙があふれ出ても、自分では拭えない。鉛筆も握れなければ、六法全書を開くことさえもできない。それでもドクターストップがかかるほど猛勉強を重ね、日本で初めて司法試験会場において音声入力ソフトの使用を認めさせ、ついには難関を突破したのだ。

 次々と立ちはだかる壁を乗り越え、諦めることなく挑戦し続ける人間の姿はなんと美しいのだろう。この一冊は「ただ生きる」のではない。「どう生きたらいいか」を教えてくれる、人生の応援歌でもある。

 人は決して一人では生きられない。たくさんの支えがあって初めて生きていける。絶望の淵から希望を見出し、言葉の力を全身で体感できる奇跡の物語。これが実話を基にしたことも驚きだが、不可能を可能にする人間の凄みをまざまざと見せつける。文字通り前例のない感動が伝わってくるのだ。

『国語教室』第123号より転載

著者プロフィール

ブックジャーナリスト。約30年の書店員勤務を経て、2020年よりフリーに。NPO本屋大賞実行委員会理事。

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