ことば・日本語

おくにことばの底力!
第9回 福岡の方言から 「あーね」 ――福岡から広がった若者ことば
二階堂 整

若者のあいだの流行語といえば、
東京、渋谷や原宿あたりが発信源、というイメージがあるかもしれません。
しかし、今や時代は地方がトレンド。
各地におしゃれでにぎやかな街が生まれ、
そこから流行語が広まるケースも出てきました。
今回は、福岡から九州全域、そして全国へと広まった若者ことばを紹介しましょう。

 1 流行語「あーね」

 2013年度、女子中高生を中心とした10代向けブログ&コミュニティ「Candy」が、「Ameba」を利用する現役女子中高生486名を対象に、「2013年に流行した言葉」に関するアンケート調査を実施しました[1]

 「倍返しは」はドラマで、「今でしょ」は某予備校講師の決めぜりふで有名ですね。第3位の「激おこぷんぷん丸」はネットで広まった流行語として有名です。では、同じく第3位となった、「あーね」はどのような言葉なのでしょうか?

 「あーね」は、女子中高生の間で流行している、うなずき・あいづちの意味で使用される言葉で、この流行には、方言が深くかかわっているのです。

 2 福岡の若者の方言「あーね」

 まず、下の地図をみてください。これは高橋顕志さん(群馬県立女子大学教授)が全国の大学生に方言のアンケート調査をし、それを地図化したものです[2]。大学生に出身中学をたずね、その地元の友人と話していた頃を思い出して回答してもらいました。

 「昨日、風邪で授業に出られなかったんだ」と言った友達に対して、「アーネ、そうだったの」というように、納得して相づちを打つとき、「アーネ」という言い方をしますか。

1.私自身が使っていた。
2.私は使わないが、地元の人は使っていた。
3.地元では、そんな言い方を聞いたことがない。

 地図の白色は自分が使っていたということを示しています。2000年度の大学生への調査ですから、彼らが中学生だった1990年代後半頃の状況を反映していると考えられます。明らかに福岡県(一部、佐賀県も含む)に1つの集中した分布が見られます。1990年代後半、「あーね」(あいづちの意味)は福岡の若者が使う方言だったのです。

 下の2004年度調査では、この言葉が、福岡県から周辺の県外へ拡大する様相が見て取れます[3]。2000年代に入って、「あーね」が勢力を拡大していると言えそうです。

 2010年度、九州新幹線開通に合わせ、新幹線沿線沿いに福岡・熊本・鹿児島3県の方言調査を実施しました[4]。この調査では、地元の高校生と、その親世代にあたる4,50代の方にアンケート調査をしました。その結果からは、「あーね」は若者が使用する言葉だと理解できます。

 下の3つの円グラフは、高校生へのアンケート結果を県ごとにまとめたものです。「あーね」の使用度が福岡、熊本、鹿児島の順に並び、先ほどの言語地図にあるように、福岡からの拡大の状況と一致します。

 3 「あーね」の使用実態

  さて、実際、若者は「あーね」をどう使っているのでしょうか。2004年度、福岡の女子大学生の会話の中からその一部を見てみましょう。

A 派遣会社で契約した方が、時給高いよ。
B ああ、そうなんや。
A うん、全然違うもん。
B あーね。
A 同じ仕事で、でも、なんか紹介料として、最初、600円とられるけど、時給的に200円ぐらい違うっちゃんね。
B ふーん。

 この2004年ごろは、「あーね」と同時に「うそ」「まじ(で)」も多用されていました。現在では、福岡の若者は「あーね」のほうをよく使います。大学生の日常会話を聞いても、頻繁に耳にします。なぜ、「うそ」「まじ(で)」よりも「あーね」の使用が増えたのでしょうか。

 これには、現代の若者の気質がかかわっていると思われます。最近の若者は、仲間と直接的なコミュニケーションをさける傾向があります。言葉の面でも、相手に対し、必要以上に気を遣った表現やあいまいなぼかした表現を好んで使うようです。

 「あーね」はこの傾向にぴったりあう言葉だったのです。「うそ」「まじ(で)」は強い印象があり、軽いあいづちには使いにくいと感じます。「あーね」なら強い感じを出さずに、相手の言うことを聞いてはいるのだということを示せます。まさに現代の若者にとって、ぴったりの言葉だったのです。

 4 「あーね」の拡大

 「あーね」は、福岡から周辺の県へと若年層に浸透していきました。これには、さらに、地理的・時代的な背景があったと思われます。この言葉の一大拠点が福岡であったこと、そしてその時期が1990年代の後半であったことです。 

 現在、九州では、福岡の一極集中が進んでいます。それは1990年代からすでに起こっていました。1990年、福岡市天神にイムズ・ソラリアという大きな商業施設ができました。このころから、週末、福岡に若者を中心に他県から多くの人がやってくるようになりました。

 1995年には高速道路が福岡・鹿児島間でつながりました。1996年には多くの若者が訪れる福岡のキャナルシティが開業しました。JRだけでなく、各地から料金の安い高速バスを利用して、若者が福岡にやってくるようになりました。

 交通網の発達にともない、九州の多くの福岡県外の若者が福岡にやってきたのです。福岡は若者にとって魅力ある地ですから、そこで話される福岡の言葉も肯定的に受け止められます。結果として、「あーね」が九州の他県まで広がっていったのではないかと思われます。

 5 「あーね」の現在とそのルーツ

 2014年3月、NHKで「方言バラエティ あーね!」という番組が放映されました[5]

 番組制作の中で、九州各県の高校生に「あーね」を使うか、アンケート調査が実施されました。その結果、使用率は、沖縄では24%だったものの、それ以外の県ではすべて、80%を超えており、やはり福岡の使用がトップで96%でした。「あーね」は九州の若者にまんべんなく浸透した状態であると言えましょう。

 「あーね」は、おそらく、「ああ、そうだね(そうだよね)」などが縮まってできたのではないかと思われます。若者が言葉を短縮することはよくやることですので、福岡だけでなく全国のさまざまな地域で、この言葉が生まれた可能性はあるでしょう。しかし、「あーね」が流行語と化す際、福岡がその1つの拠点となり、大きな流れを作ったことは確かだと思います。

これがおくにことばの底力!

 方言は年配の方ばかりのものではありません。若者も方言を生み出し、使用しているのです。「あーね」は、九州における福岡の一極集中と現代の若者気質の2つがかかわって、福岡で発達、さらには、九州各地へ伝播し、現代の流行語になる流れをつくったと言えるでしょう。

(2014年5月26日)

 

《注》

 

著者プロフィール

二階堂 整(にかいどう ひとし)

大分県生まれ。福岡女学院大学教授。方言学・社会言語学が専門。福岡を主なフィールドに、若者に注目しつつ、方言の動態をさぐっている。主な著書に、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(2001、世界思想社)、『関西方言の広がりとコミュニケーションの行方』(2005、和泉書院)、『方言研究の前衛』(2008、桂書房)、『これが九州方言の底力』(2009、大修館書店)などがある(いずれも共著)。

 

《参考図書》

 

 

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